第132話 聖騎士の恋人
かつて、前スパニア皇帝の死による後継者争いの内乱で第二皇子を支持した教皇が退任し、新教皇が就任した。
その後も、教皇庁から独立したイギリス・フランス・スパニアの三国国教会と、教皇庁との水面下の対立は続いた。
その対立を終わらせるべく、新教皇から仲直りの証として、儀式への、スパニア国教会首長の参加が要請された。
「で、スパニア国教会の代表として、イザベラは子育てに忙しいから、代りに俺に出て欲しいと?」
そうイザベラに言うエンリ王子の目の前では、女官が三人がかりで赤ん坊の世話している。
イザベラは左手で操り人形をいじり、右手で航海局長官とチェス。
そして、横に居る諜報局長官と陰謀話で盛り上がっている。
「ドイツではフリードリヒが強くなり過ぎています。そろそろロシアでもぶつけて牽制してみてはいかがかと」と諜報局長官。
イザベラは「中間にはポーランドがあるわよね。その奪い合いをやらせてみてはどうかしら」
そんな様子を見て、エンリはあきれ顔で言った。
「全然、子育てに忙しいようには見えんのだが。全部お前の趣味だろ」
「外交工作は皇帝の最重要業務よ」とイザベラ。
エンリは「そうなのかなぁ」
仲間とともにイタリアに行くエンリ王子。
「どーでもいいけど、何でマーリンさんまで?」
そう言って首を傾げるエンリに、マーリンは「イタリアは大勢の亡命賢者が住み着いた魔術の本場よ」
「イケメンヤリチンも多いし?」とアーサー。
マーリンは「特にあの方とか・・・」
「まー想像はつくけどね。けど気が進まないなぁ」と言ってエンリは溜息をつく。
アーサーは「新教皇は事なかれ主義の権化ですから、王子を暗殺しようとか絶対やらないですよ」
「そうじゃなくて、あんなのの儀式に参加して、ズブズブ関係だとか叩きに来る奴って居るだろ」とエンリ。
「いや、これ外交だから」とアーサー。
「けど、絶対外交辞令的な台詞を要求されるよね」と言ってエンリは溜息をつく。
教皇庁に到着。新教皇の出迎えを受けるエンリ王子の一行。
新教皇は言った。
「ようこそエンリ王太子殿下。スパニア国教会首長の御訪問、心から歓迎します。過去の経緯は水に流し、未来志向で共に同じ未来を見ましょう」
「どこかで聞いたような台詞なんですけど」と困り顔のエンリ王子。
アーサーも「それに未来志向って、それまで続けた嫌がらせを曖昧にして後で騙し討ちに来るつもりの奴の定番な台詞ですよ」
儀式はあくびとともに終わり、退屈なセレモニーから解放されるエンリ王子と仲間たち。
溜まったストレスを抱えて式場から出て来た彼らを、喧嘩腰で迎える騎士が居た。
「おいこらそこの海賊王子」
その騎士を見て、エンリは思いっきり嫌そうな顔で「ボエモン、お前何でここに居るんだよ」
ボエモンは「俺は聖騎士だ。教皇猊下の護衛に決まってるじゃないか。お前こそ何で・・・」
エンリは溜息をついて「スパニア国教会と友好関係の改善をと招待された賓客だぞ。言いたくも無い外交辞令を散々言ってストレスMAXなのは誰のためだと思ってる」
「儀式は終わった。今日こそロンギヌスの槍の敵を」
そういっていきり立つボエモンに、エンリは「お前、まだそれを根に持ってたのかよ」
「当たり前だ。500年前の聖戦で先祖が神から授けられた我が家の家宝だ」とボエモン。
「略奪したって聞いたが?」とエンリ。
「倒すべき異教徒との聖なる戦いの中で獲得するよう神に導かれた」とボエモン。
エンリは「それを略奪って言うんだ」
ボエモンは「けどお前海賊だよな? 略奪は海賊の仕事じゃないのか?」
エンリは仲間たちと額を寄せて「俺たち何か略奪したっけ?」
「どうだろう」とアーサー。
「ダルクから奪った宝剣と黄金像は?」とリラ。
「あれは紳士的な身代金取引だ」とエンリ。
ボエモンは「それを略奪と言うんじゃないのか?」
その時、ボエモンの部下の騎士団員たち数名登場。
そして部下の一人が「あの隊長、それまだ続きます? ジェルミさんが来てるんですけど」
「居ないって言ってくれ」と、そっけなく答えるボエモン。
「遅いと思いますよ」と先ほどの部下。
彼の後ろに一人の女の子。ボエモンを見て涙目で言った。
「ボエモン様、私が嫌いですか?」
「あーあ、また泣かせちゃって」と部下の一人が・・・。
「いーけないんだ」と別の部下が・・・。
「こんなに可愛いのに」と更に別の部下が。
女の子はいきなり元気になって「そうですよね? 私、可愛いですよね?」
部下の一人が彼女に「あんな堅物止めて、俺たちと付き合わない?」
「それは遠慮します」と女の子。
するとボエモンは「お前等、何俺の女に手を出してるんだよ」
女の子はさらに元気になって「今、俺の女って言った」
「いや、その」とボエモン冷や汗。
「言いましたよね?」と部下の一人が・・・。
もう一人の部下が女の子に「大丈夫ですジェルミさん、記憶の魔道具でバッチリ録音してますから」
ボエモン、慌てて「止めろ。俺は聖騎士だ。純潔を守る義務が・・・」
「今時の聖騎士でそんなの守ってる奴、居ませんよ」と、先ほどの部下が・・・。
「お前等はどうなんだ」
そう問うボエモンに、部下たち声を揃えて「プライバシーに関する事はノーコメント」
「お前等なぁ」
結局、追い返されるジェルミ。
そんな彼女にマーリンが声をかけた。
「あなた、ボエモンさんを落としたいのね? 彼は聖騎士だから難しいと思うわよ」
「私、彼を諦められません」
そう言うと彼女は両手を胸に、天を仰いで嘆きの言葉を口にした。
「あぁ、あなたは何故ボエモン様なの? 私は何故ジェルミなの?」
マーリンはあきれ顔で「それ、あなたが誰かは関係無いと思うけど」
そしてマーリンは錠剤の入った小箱を出して、言った。
「簡単な方法があるわ。この薬を使うのよ」
傍で聞いていたアーサーは「まさかまた媚薬を?」
そんなアーサーを無視してマーリンは「相手のグラスに赤い錠剤。自分のグラスに青い錠剤よ」
そう言いながら小箱を渡されたジェルミは、戸惑いながら「な、何の薬ですか?」
「青は魅力を増す。そして赤は相手を情熱的にするのよ」とマーリン。
ジェルミは「情熱的・・・ですか。解りました」
ジェルミは相談があると言ってボエモンを呼び出し、夜の公園でデート。
それをマーリンは物陰から見張る。
そして、わくわくしながら脳内で呟くマーリン。
(実は青は眠り薬なんだけど。あなたが眠っても、ボエモンさんは私が面倒を見てあげるから、悪く思わないでね)
そんなマーリンを、夜の公園でリラとデートしていたエンリが見つけた。
「マーリンさん、何やってるの?」
マーリンは「生暖かく見守ってあげているのよ。アドバイスしてあげた者の義務としての好意よ」
「いや、生暖かくって好意じゃないから。ってか覗きは犯罪だよ」
そう言って、マーリンをその場から引き離しにかかるエンリとリラ。
「何するのよ、これからがいい所なのに」と言って抵抗するマーリンに、エンリは言った。
「あんたリア充だろーが。モテ女子のやる事じゃないよ」
エリン達に引っ張っていかれるマーリン。
「何か騒がしくないですか?」
そう言って周囲を見回すジェルミに、ボエモンは言った。
「犬か猫じゃないかな。それで相談って?」
「とりあえずお茶でも。いい茶葉が手に入ったんです」
そう言ってジェルミは水筒を開けてコップ二つに水筒の茶を注ぐ。
そしてマーリンから貰った錠剤を入れようと・・・。
(あれ? どっちにどの錠剤だっけ。確か相手に青で、自分のに赤・・・だったような)
その夜、真夜中の公園で、巡回中の警官が一組のカップルを公然猥褻罪で逮捕。
「で、引き取りに行くから俺たちに立ち会えと?」
そう怪訝顔で言うエンリに、ボエモンの部下たちが「お目出度い既成事実ですから」
「けど何で俺たちが?」とジロキチも首を傾げる。
「だってあの人、絶対逃げますから、そしたらジェルミさんが可哀想じゃないですか。なので絶対逃げられないよう、強力な証人をと」とボエモンの部下。
「けど、あの堅物が公共の場でアオカン? いくら真夜中って言っても・・・」とエンリは首を傾げる。
アーサーは言った。
「マーリンさんが彼女に渡した薬のせいじゃないですか? あれ絶対媚薬ですよ」
拘留中の二人をボエモンの部下たちとともに引き取りに行くエンリ王子たち。
恐らく事件の元凶であろうマーリンを伴って・・・。
警官に伴われて留置場から出て来たジェルミはウキウキ顔。ボエモンは思いっきりバツの悪そうな顔。
そんなボエモンを見て部下たちは爆笑。
「既成事実でカップル成立ですよね?」
ボエモンは「何かの間違いだ。俺は何も憶えてないぞ」
「往生際が悪いですよ、隊長」と部下の一人が楽しそうに追及。
ボエモンは「俺は聖騎士だ。公共の場で女性を襲うなど・・・」
そんな彼にアーサーが「それは媚薬のせいかと」
「そうなの?」と、きょとんとした顔のボエモン。
「ですよね? マーリンさん」と、エンリの仲間たちの視線が彼女に集中。
そしてアーサーが「ジェルミさん、この人から貰った薬、使いましたよね?」と彼女に問う。
ジェルミは冷や汗混じりに「魅力を増す薬と情熱的になる薬って・・・」
「それを媚薬って言うんですよ。そうですよねマーリンさん?」と言って彼女を追及するエンリ。
マーリンは「まあ・・・そうとも言うわね」
だが、ボエモンは「いや、いくら媚薬を盛られたからって、鉄の貞操観念で武装したこの俺が」
「ってか、そもそもどういう状況だったんですか?」
そうエンリが警官に問い質す。
すると警官は「それが・・・眠っている男性の上で女性が腰を振って」
全員唖然。
ボエモンは叫んだ。
「俺、悪くないじゃん」
ジェルミはおろおろ顔で「あの、これ、既成事実ですよね?」
エンリの仲間たちは溜息をついて「いや、逆レイプだから」
ジェルミはがっくりと、その場に膝をついた。
そして「私・・・何でそんな事・・・」
するとマーリンが「もしかして薬を間違えた?」
ジェルミは「そんな。私、ちゃんと青い薬を相手に、赤いい薬を自分に」
「それ、逆だから」とマーリン。
「えーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
残念な空気が漂う。
ジェルミは言った。
「けど、あの青い薬って魅力を増すものだったのでは?」
するとアーサーが「いや、多分、眠り薬ですよ。あなたを眠らせて自分が欲情した彼を搔っ攫うつもりだったんですよ」
ジェルミ唖然。そして「マーリンさん!」




