第127話 森の造船所
エンリ王子たちが情報を求めたオランダの魔導船は、イギリスから誘拐された八人の技術者によるものだった。
救出された彼等を巡る争奪戦。ゴイセン海賊団を破ったエンリ王子たちだったが、船を焼かれてポルタへの帰還手段を失った。
そしてマキシミリアン軍は敗北し、オレンジ軍によって手配されたエンリ王子たちとエラスムスとカール王子。そして八人の造船技術者。
「とりあえずライン河の上流方面に向かうぞ。陸上ルートでフランスに脱出する」
そう方針を決めたエンリ王子の逃走は、間もなく行き詰った。
至る所にオレンジ軍の検問がある。間もなく日も暮れる。
「とにかく食事と宿だ」とエンリが言う。
アーサーは総勢18人となった同行者を見回して「多人数だと目立ちますよ」
三組に分かれて別々の酒場へ。
エンリ・リラ・カルロと技術者三人の六名で、適当に見繕った酒場に入った。
そして店主に「何か食えるものを頼む」
パンとソーセージを出されて食べ始めた時、カルロがそっとエンリの耳元で言った。
「王子、通報されてますよ」
「何だと」とエンリは焦り顔。
「あの店主、魔導通話で敵軍に連絡しています」とカルロ。
エンリは「すぐ逃げるぞ。他の奴等に連絡してくれ」
各自、出されたパンとソーセージを掴んで立ち上がり、エンリは店主に銀貨を二枚投げた。
「釣りは要らねー」
そう言ってパンを齧りながら六人で街の外へ走る。
「何ですか、さっきのは」
そうカルロに言われてエンリは「一度言ってみたかったんだよね」
街外れで他の仲間と合流する。
そして「軍の奴等が来る前に身を隠そう」
森に隠れて様子を見る。
タルタが「今日はここで野宿かぁ」
「どうなってるのよ。どこに行っても通報されるし」とニケは言って口を尖らせる。
エンリは言った。
「長い事独立戦争を続けて、結束が強いんだよ。商工業者が多くて経済力もある。ジュネーブ派が一番早く広まって、教皇派だったフランスやスパニアに抵抗を続けてきたんだ。ここはもうポルタと同じ一つの国だ」
「けど、これじゃ身動きがとれないですよ」とアーサー。
「ファフがみんなを乗せて飛ぶってのは?」
そうファフが言うと、エンリは「飛ぶにしても空中戦は無理だな」
空にはグリフォンやワイバーンに乗った飛行騎兵があちこちの空で警戒している。
野宿の支度を整えながら、エンリが愚痴を言った。
「船さえあればなぁ」
するとタルタが「無いなら作ったらどうかな?」
ジロキチが「簡単に言うなよ。パンを焼くのと訳が違うんだ」
「けどさ、造船技師が八人も居るよね。ここは森で材料はいくらでもある」とタルタ。
「生木だぞ」とエンリ。
するとアーサーが「乾燥は水魔法の応用で可能です」
ニケが「近くにライン河があるわよ。小型の船なら台車に乗るわ」
「道具は? 鋸や鉋やノミが要るぞ」とエンリ。
技術者の一人が「鉋とノミは鉄魔法の応用でナイフを材料に作れます」
カルロとニケがナイフを出す。
別の技術者が「鋸は?」
全員の視線がジロキチに集中する。
ジロキチが慌てて四本の刀を庇うように抱え、「これは駄目だぞ。俺の恋人だ」
タルタが「四本あるんだから一本くらい」
「駄目だ」とジロキチ。
カルロが「ポルタに行ったら直して貰えよ」
「駄目だ。汚れてしまう」とジロキチ。
アーサーが「ミンでケンゴローに壊された後、ジパングで作り直して貰っただろ」
ジロキチに迫る仲間たち。彼は悲痛な叫びを上げた。
「止めてくれ。小雪、氷雨、吹雪、真白」
「刀に名前つけてるのかよ」とエンリは困り顔。
ジロキチの抵抗空しく、彼は全員がかりで刀の一本を取り上げられた。
「止めてくれ。小雪、俺の小雪・・・」
そう叫ぶジロキチに、アーサーは「王子のお魚フェチよりよほど重症だな」
森の中で船を作る作業が始まった。
鉄魔法を応用してナイフを加工道具と船釘に、刀を鋸に変形させる。
全員が乗れる範囲でなるべく小型化した船を設計する。
ウォーターカッターで手頃な木を伐採し、大まかに木材化して水分を抜き、適度に乾燥させる。
鋸で正確な形に切り分けて細部加工。
先ず台車を作り、その上に竜骨を乗せ、骨材を組み、船板を張り付ける。
食料はファフとリラが街で買って来る。
食料を抱えて戻る二人を迎えて、エンリは「こういう時は女が居ると、警戒されないから助かる」
八人の造船技師が相談して作業を進める。
ニケは幾何学の豊富な知識で彼等をサポートし、タルタとカルロも造船所で学んだ技術を活かした。
魔法全般を使えるアーサーはあらゆる場面で力を発揮した。
「俺たち、肉体作業要員かよ。二人とも王太子なんだが」
専門家たちの指示で船材を運びながら、エンリは一緒に作業するカールに、そんな愚痴をこぼした。
カールは「上に立つ者が不平を言ったら全体の士気に関わりますよ」
「カールは真面目だよなぁ」と言って溜息をつくエンリ。
すると、その隣で一緒に作業しているエラスムスが「お二人はまだ体を鍛えてますからいいですよ。私は頭脳労働専門ですから」
「けど、一番役立たずなのは・・・」
そう言って三人が視線を向けた先では、ジロキチは真っ白になって木の下に座り込み、うつろな目で呟いている。
「小雪、小雪・・・」
エラスムスが溜息をついて言った。
「そっとしといてあげましょう。ある意味、一番大きなものを差し出したのは彼なんですから」
エンリも溜息をついて「いい加減、人間の彼女作れよ」
そして船は完成した。
リラとファフが、帆に張る布を買って来る。それをマストに張る。
「いよいよ船出だ」
そう言って全員が乗り込み、ファフのドラゴンが台車を引いて爆走開始。
あちこちでこれに気付いた警備兵が彼らの前に立ち塞がる。
「そこのドラゴン、止まれ!」
そう叫んで鉄砲を構える警備兵を、アーサーのシルフブレードとリラのウォーターアローとニケの銃撃が排除。
行く手の都市の城壁から騎馬の警備兵がわらわらと出て来た。
並走する騎馬隊に向けて刀を抜き、船縁から身を乗り出すジロキチは言った。
「返り討ちにしてやる。小雪の敵だ。鋸で斬られるのは痛いぞー」
その隣で武器を構えるタルタとカルロは「それ、ただの八つ当たり」
船の乗った台車の脇を走りながら鉄砲を撃ってくる騎馬隊の上にジロキチが舞い降り、四本の刀で数人の騎馬兵をなぎ倒すと、一頭の馬を奪って他の騎馬兵を次々に倒す。
タルタとカルロ、カール王子も乗り手を失った馬に飛び乗り、タルタは長い柄の斧で、カールは槍で、カルロは投げナイフで敵の騎馬兵を倒す。
ニケは船の上から短銃で銃撃。エンリは風の巨人剣を振るい、エラスムスは防御魔法を展開した。
更に遠くから接近して来る敵の援軍に向けて、アーサーとリラが魔法攻撃で牽制。
「見えたぞ。ライン河だ」
そう叫ぶエンリの声で、馬上で戦っていた奴等が船に戻る。
アーサーが烏の使い魔からの情報を伝える。
「王子、オレンジ軍が上流方面から来ます。軍船数隻と両岸に騎馬軍団」
「国境に張り付いていた奴等だな」とエンリは呟く。
「突破しますか?」
そう問うアーサーにエンリは「こんな船じゃ砲弾一発喰らったら終わりだ。下流に向かおう。河口から海に出てポルタを目指す」
台車が堤防を乗り越えて小型船が水面に投げ出され、盛大に水飛沫を上げて着水。
そのままファフのドラゴンが牽引して下流を目指した。
河口の都市に差し掛かると、両岸で多数の歩兵が鉄砲を構えている。何台もの大砲が砲口を向けている。上流からの追跡部隊も間近に迫る。
「正念場だな」
そうエンリが呟いた時、エラスムスが言った。
「ここは私にお任せ下さい」
「何か秘策が?」
そう問うエンリにエラスムスは「私たちには神の加護があるのをお忘れですか?」
「神様ってまさか」とエンリは不安の表情で・・・。
エラスムスが魔封じの布を解いて取り出したのは、あのモリアエの鏡。それを甲板中央で上に向けて置く。
そしてエラスムスは呪句を唱えた。
「汝愚行の精霊。賢道に抗う反逆の女神よ。汝の名はモリアエ」
鏡を中心に船の周囲を杖で示して空中に魔法陣を描き、天空に杖を向けると空は闇に閉ざされ、星々とそれを線で結んだ星座図が描き出された。
「モリアエよ。良識の獄に繋がれし群衆の鎖を断ち切り、民を導け。愚神礼賛!」
鏡から真上に向けて放たれた光の中に女神モリアエ出現。
衣を纏い、頭にフリギア帽。そして左手に自由の旗、右手に銃を持って、彼女は周囲のオレンジ兵たちに向けて叫んだ。
「我が愛する子羊たち。解放の時は来た。さあ、あなた達は自由よ。愚かにおなり。ほーっほっほっほ」
高笑いしながら、真上に向けて銃を撃つ。
銃声とともに天を覆っていた星座図は砕け、戦場を謎の空気が覆った。
堤防で砲を構えていた一人の兵が、隣の兵に言った。
「お前、この間の金返してないだろ」
そう言われた兵は「あれは酒を奢ってやったのでチャラじゃないのか?」と言い返す。
他の兵たちも口々に好き勝手言い出す。
「兵士なんて安月給やってられるか」
「オレンジ公が何だ」
「酒呑ませろ。食い物よこせ」
上流の敵も下流の敵も兵たちが勝手な事を言い出して戦闘放棄。あちこちで仲間と乱闘を始める。
上流の軍船の上でこの様子を見てオレンジ公は叫んだ。
「何だこれは。あの女の姿をしたモンスターの仕業か?」
その時、隣に居る部下がオレンジ公に言った。
「オレンジ公、今日限りでお暇を頂きます」
「何言ってるんだ」と唖然顔のオレンジ公。
別の部下も「退職金はちゃんと貰いますからね」
「おい、しっかりしろ」と焦り顔のオレンジ公。
更に別の部下も「俺、あんたの事、大嫌いだったんで」
「お前等なぁ」とオレンジ公は絶叫した。
エンリたちの乗る小型船を包囲したオレンジ軍は完全に統率を失い、そのまま小型船は包囲を脱して河口から海へと逃れた。
エンリたちを河口で待ち構えていたのは、百隻以上の大艦隊。
前面中央の船に、あのゴイセン海賊団のウィルが居た。
そして「この間は遅れをとったが、海賊の主戦場は海の上だ。逃げ場は無いぞ。おとなしく八人のイギリス人を差し出せ」
「懲りない奴だなぁ」とタルタはあきれ顔。
カルロは「けど、こんな小さな船で戦えるのかよ」
「リラ、マーメイドボイス、やれるか」
そうエンリが言うと、リラは「お任せ下さい。皆さん、耳を塞いで下さい」
そしてリラは人魚の歌を歌った。
河口の小型船を包囲したゴイセン艦隊の海賊たちはバタバタと倒れて眠りにつき、エンリたちは悠々と戦場を離脱した。




