第125話 囚われの造船技師
オランダの魔導推進船の情報を求めてアムステルダムに来たエンリ王子たちが、街で情報収集を続けている間、別行動をとったカルロとタルタは、造船所に潜入した。そこで彼等が出会ったピーターという謎の男。
タルタとカルロは、ピーターが話す魔導推進機関開発の造船技術者たちの救出計画に乗った。
寮の部屋で救出作戦を練る三人。
「魔導機関を開発している向うの区画は、かなり警備が厳重ですよね」とカルロ。
「外部から潜入するのは困難だ」とピーター。
するとタルタが「資材に紛れて・・・というのはどうかな?」
ピーターが「生き物は探知されるぞ」
「そうか。無機物なら・・・タルタが鉄化して鉄材に紛れ込むというのは」とカルロ。
「資材口から・・・、それなら鉄材と一緒に潜入可能だ」とピーター。
カルロが「何時決行する?」
ピーターが「二日後に社長の視察が来る。その時、応対のために技術者が揃う。八人揃ってまとめて確保するには、その時を狙うしか無い」
「だったら俺たち二人は随行する警備に紛れるか?」
そう提案するカルロに「なるほどな」とピーター。
「ところで社長ってどんな奴なんだ?」
そう問うタルタに応えてピーターが言った。
「オレンジ公という貴族さ。奴が実質この国を牛耳っていて、マキシミリアン皇子は傀儡状態だ」
カルロが念話でアーサーと連絡をとった。
互いに得た情報を突き合わせ、魔導機関の技術を握る八名の技術者の救出計画を伝えた。
「二日後に決行する」
「やれそうか?」とアーサー。
「協力者が居るんだ」とカルロ。
「どんな奴だ?」とアーサー。
カルロは「ピーターとかいう長髪のマッチョさ。どうやら、どこかの国のスパイらしい」
「それ、ロシアのピュートル皇太子だぞ」とアーサー。
カルロは「な・・・。皇子って本当だったのかよ」
そしてアーサーは「それと、ノルマンのカール王子が来てる。ロシアが海への進出をかけて仕掛けて来る戦争を控えて、ピュートルが技術を手に入れるのを阻止したいらしい。あの陸軍大国が海にまで進出したら、厄介な事になる。奴に技術を渡すのは不味い」
当日。
鉄化して鉄材に紛れるタルタが資材搬入口から潜入する。
そして社長一行が到着。
工場長が接待している隙にカルロが二人の警備を誘い出して気絶させ、制服を奪ってピーターとカルロが警備に成り済ます。
社長とともに魔導船開発区画に入るカルロとピーター。
ほぼ完成した推進機関の前に来る。
工場長は社長の前で「では技術員たちに説明させますので」
その時、資材部方面で爆発が起こった。
そして非常事態を知らせる連絡員が駆け込んで工場長に報告。
「工作員が侵入して暴れています」
タルタの仕業と察したカルロとピーター。
「早すぎるぞ」と小声で言うピーターに、カルロは呟く。
「何やってるんだタルタは」
カルロがタルタに念話で連絡。
「おいタルタ」
タルタは「もう少しで鉄材成型炉に放り込まれる所だったぞ」
「オリハルコンの体なら平気だろ」とカルロ。
「冗談じゃない。動くには鉄化を解かなきゃならん。その時炉の中に居たら、解いた途端に黒焦げだ」とタルタ。
カルロは「とにかくこっちに来い」
カルロはピーターに小声で状況を伝える。
ピーターは「技術者はどこかで八人揃って待機している筈だ」
「いったい何処に」と呟き、カルロは一計を案じた。
カルロは職員にあれこれ指示している所長と社長を見て、言った。
「社長、恐らく技術者たちを狙っての工作員の仕業です。どこかに移した方がよろしいかと」
社長は「それは大変だ。早急に彼等の移動を」と、カルロの計略に乗るかと見えたが・・・。
その時、所長が「ちょっと待て。随行警備員は彼等の事を知らない筈だが」
(やってしまった)とカルロは呟き、煙玉を投げた。
そして「こっちだ」と叫んでピーターを連れてその場を脱出。
「どうする?」とピーター。
「彼等を探すさ。探し物は得意でね」
そう言うと、ダウジング棒を持って、それが示す方向に走るカルロ。
彼等が向かう廊下の向こうでは、騒ぎに乗じて逃走を図る八人と係員との乱闘になっていた。
「あれがイギリスから連れてこられた技術者か」とピーターが呟く。
彼等を取り抑えようとしている係員をピーターとカルロで殴り倒す。
「助けに来てくれたんだな」と言ったのは、先日、潜入したカルロを助けた技術者だ。
「こっちだ」
そう言って、タルタと合流するため資材部に向かうカルロたち。
廊下の向こうから、大勢の職員に追われてタルタが逃げてきた。
「こんな時に余計な奴等連れて来るんじゃない」
そうカルロに言われて、タルタは「俺のせいかよ」
するとピーターが「おいタルタ、その鉄化ってのをやってみろ」
「どうするんだ?」とタルタ。
「いいから」とピーター。
ピーターは鉄化したタルタをハンマー代りに振るって、タルタを追いかけてきた職員たちを一撃で叩き飛ばした。
「鉄化ってこういう使い方もあったのか」と感心顔のカルロ。
「人を何だと思ってるんだ」とタルタは言って口を尖らせた。
タルタも加わり、ピーターの後をついて廊下を走ると、ピーターは壁の前で足を止めた。
「ここだ」
「何だここは?」
そう問うカルロにピーターは「出口さ」
「ただの壁だが」とタルタも疑問顔。
ピーターはドンと力を込めて三回壁を叩く。すると向う側から三回、壁を叩く音が聞こえた。
「いいぞ、やってくれ」と彼が言うと、大音響とともに壁が崩れ、そこには巨大なハンマーを持った太ったオバサン。
彼女も含めて重量級の武器を持った、全く同じ顔の六名が居た。
「寮母のオバサンじゃん。六人分働くって、本当に六人居たのかよ」とタルタはあきれ顔。
その時、カルロが言った。
「思い出した。どこかで見た顔だと思ったら、ロシア女帝と一緒にイギリスに来てたマトリューシカ隊じゃないか」
オバサンの一人が目にハートのマークを浮かべて「カルロさん、どうして会ってくれなかったんですか」
「いや、そういうのは後にして下さい」と焦り顔のカルロ。
ピーターは笑って言った。
「お袋の秘蔵の親衛隊だよ。ロシア女のパワーは半端じゃないぞ。何せ冬にはカチカチに凍った牛肉を大ナタで叩き割って料理するんだからな」
「一発芸だけの人たちじゃ無かったのかよ」とあきれ顔でタルタが言った。
マトリューシカ隊と合流した彼等は、短い廊下を抜けて資材加工の工房フロアに出た。
そこでは警備隊が鉄砲を構えて待ち構えている。
大きな楯を構えるオバサンを先頭に突撃するマトリューシカ隊。
その背後からタルタが鋼鉄の砲弾で飛び出し、鉄砲陣の中央に突入してその陣を崩し、周囲を殴り倒す。
カルロが銃弾の間を縫ってナイフを投げながら肉薄し切りつける。
二人に鉄砲を向ける警備兵にピーターは雷魔法の攻撃。
マトリューシカ隊のおばさん達は巨大な斧や大剣や金棒で警備兵をなぎ倒し、その一人は強力な石弓を構えて、本来ならハンドルで引き絞る筈の強力な弓をかるく左手で絞って連射した。
警備隊を突破して工場を出ると、外にはオレンジ軍が待ち構えている。
ピーターはファイヤードラゴンを召喚した。
鎌首をもたげる巨大な炎の龍をバックに彼は叫んだ。
「通して貰うぞ」
「そうはいかない」
そう言って工場から東インド会社社長のオレンジ公が出て来ると、彼はウォータードラゴンを召喚した。
ピーターは叫んだ。
「ジュネーブ派はドラゴンを公認していない筈だが」
オレンジ公は「これは水の精霊が作った作り物のドラゴンだよ。それで、君は虎の子の火の龍を私の水の龍と相打ちにするかね? ロシア皇太子ピュートル殿下」
その時、「そうはいかない」と上空から。
エンリたちを載せたファフのドラゴンが舞い降りる。
そしてエンリは叫んだ。
「オレンジ公、そこに居る八人はイギリスから誘拐してきた魔導戦艦技術者ですね? これは重大な国際法違反ですよ」
オレンジ軍との戦いが始まった。
ファフが炎を吐いてウォータードラゴンを弱らせ、ファイヤードラゴンが止めを刺す。
オレンジ軍の戦陣に突入し、巨大なハンマーや大剣で敵兵をなぎ倒すマトリューシカ隊。
彼女たちを襲う銃弾で破れる寮母服の下には分厚い鎖帷子。
ジロキチとカルロも敵陣に飛び込んで斬りまくる。
ピーターはサンダースネークの呪文を唱え、雷の蛇が戦場をうねる。
エンリの炎の巨人剣が敵陣を焼く。
リラのウォータードラゴンが鎌首をもたげ、その上からタルタが魔導士陣を狙って鋼鉄砲弾で飛び組み、陣を崩して魔導士たちを殴り倒す。
オレンジ公は苛立ち声で「魔導士隊は何をしている。さっさと体制を立て直して反撃しろ」
魔導士隊の中で暴れるタルタに鉄砲隊が銃口を向ける。タルタは部分鉄化で銃弾を弾き返した。
その鉄砲隊をアーサーの攻撃魔法が襲う。
その時、一発の砲弾がオレンジ軍の陣地に撃ち込まれ、上空のグリフォンからオレンジ公に向けて叫ぶ声があった。
「私はブルゴーニュ公マキシミリアン。オレンジ公、イギリス人誘拐行為は確認された。その責任を問うて自治を剥奪する。君達オレンジ軍はブルゴーニュ軍が包囲した」
「仕方がない。反撃しつつ撤退するぞ」とオレンジ公。
オレンジ軍はブルゴーニュ軍との戦いに移り、工場前の戦場から離脱した。
その場に残ったのは、八人の技術者とエンリ王子たち。そしてビーター=ロシア皇太子ピュートルとマトリューシカ隊。
ビーターは言った。
「それでは技術者たちは我々が保護する」
「そうはいかない」
そう言ってエンリ王子たちの中から出て来た人物を見て、ピーターは「あなたはノルマンのカール王子」
カール王子は言った。
「ロシアはノルマンの海を征服して外洋に出ようとしていますね。沿岸ではドイツ騎士団による異教徒狩りの迫害を受けた同胞たちが、ようやく安寧を得ました。それを再び壊させる訳にはいかない」
「ノルマンが彼等を使って魔導船を作ろうという訳ですか?」とピーター。
そんな二人にエンリ王子は言った。
「あの、つまりどちらも彼等が欲しいんですよね? だったら、どちらに行くかは本人たちが決める事なんじゃないですか?」
すると一人の技術者がエンリを見て言った。
「あんた、エンリ王子か?」
もう一人の技術者も「ロンドンで不殺の呪いをかけた魔剣でみんなの命を守ってくれた、あの・・・」
八人の技術者は「俺たちは命の恩人であるあなたについて行きたい」
ピーター唖然。カールも唖然。




