第124話 軟禁の賢者
オランダで開発が進んでいるという魔導推進機関を持つ船の情報を求めてアムステルダムに来たエンリ王子たちは、造船所に潜入したカルロとタルタが別行動をとる中、街中で情報収集を続けて、軟禁中の賢者エラスムスの元へ辿り着いた。
軟禁場所は小さな民家だが、入口が監視されている。
物陰から監視員を見て「どうする?」とエンリは仲間たちに・・・。
リラが「私がセイレーンボイスで眠らせます」
「無関係の人まで眠らせると騒ぎになるぞ」とエンリ。
リラは「過去に行った時みたいに、近付いて話しかけて耳元で・・・というのは?」
「だったら・・・」
そう言うとアーサーは隠身魔法を使い、レラと二人で監視者に近付く。そしてその耳元で小声で人魚の歌を歌うレラ。
まもなく監視者は眠った。
アーサーは戸口に立ってドアをノックする。
「エラスムスさん、ポルタから来た魔導士でアーサーという者です。お話を聞きたいのですが」
ドアの向こうで男性の声が「外に監視している人が居ますが」
「魔法で眠って貰っています」とアーサーは答える。
ドアが開くと、学者然とした三十代の男性が立っていた。
「あなたがエラスムスさんですね?」とアーサー。
アーサーはエンリを紹介し、彼等は居間に通される。
奥の部屋のノブが鎖で封じられている。
「あの部屋は?」
そう問うエンリにエラスムスは「祭壇で神を祀る部屋なのですが、厄介な存在が居て封印しているのですよ」
「魔物の類ですか?」
そう問うアーサーにエラスムスは「まあ、そんな所です」
棚の上に鳥かご。珍しい鳥が居る。
「あの鳥は?」とリラが珍しそうに・・・。
「九官鳥という鳥で、人の言葉を憶えるのです。変な言を言うかも知れませんが、真似ているだけなので気にしないで下さい」とエラスムス。
すると女性の「お客様がいらしたのね?」と言う声が部屋に響いた。
「今のって・・・」
そう問うエンリにエラスムスは「九官鳥です」
すると女性の声で「鳥の声だと言って誤魔化しても無駄ですよ」
「あんな事言ってますけど」とエンリ。
「やたら複雑な言葉を憶えるんですよ」とエラスムス。
「神を粗末にすると罰が当たるわよ」と女性の声。
エラスムスは「変な人達が壺を売りに来た時の台詞を憶えてしまいまして」
女性の声が「イタリアに来た時、ボッチのいじられキャラだったあなたの唯一のファミリアだったわよね」
リラが「もしかして、奥さん?」
エラスムスは思わず苛立ち声で「勘弁してくれ。あんなのが俺の嫁であってたまるか」
「やっぱり誰か居るんだ」とエンリが言った。
すると、祭壇の部屋のノブを封じた鎖が壊れ、扉が開いて、一枚の鏡がふわふわ宙を漂いながらエンリたちの前に・・・。
その鏡には、怪しげな格好の一人の女性が高笑いする姿が映っていた。
「誰?」
そう言って唖然とするエンリたちに、鏡の中の女性は「私は女神よ。控えおろう頭が高い!」
「いつぞやの邪神と同じ台詞言ってるぞ」とあきれ顔のジロキチ。
「どういう神様なんですか?」
そう問うエンリに、鏡の女性は「自由の女神よ」
「松明も書物も持ってないみたいですが」とエンリ。
「そういう自由じゃないんで」と困り顔のエラスムス。
すると鏡の女性は「エンリ王子、あなたは素晴らしい男です」
「そうですか?」と、エンリは満更でもない顔で・・・。
鏡の女性は「指揮官だからと剣術をサボり、せっかくの魔剣を無用の長物」
エンリはムッとして「それ褒めてませんよね?」
鏡の女性は「魚を愛しているからと、海洋国家の王子でありながら、食わず嫌いの偏食」
エンリはムッとして「喧嘩売ってます?」
更に鏡の女性は「政略結婚で嫁に来た陰謀女にそそのかされて、何か月も国を留守にして、国は嫁の実家に併合された亡国の王子」
エンリはうんざりした顔で「何なんですか? この失礼な自称女神は」
エラスムスは苦虫を噛み潰したような顔で言った。
「愚行の女神、モリアエだよ」
「愚行の女神って・・・」とエンリ唖然。
ジロキチも「嫌な女神様だな」
アーサーは「何時からこんなのに憑り付かれたんですか?」とエラスムスに・・・。
「失礼ね。私は彼に望まれて召喚されたのよ」と、鏡の中のモリアエ。
エラスムスは、うんざりした顔で「自由の女神を召喚したつもりだったんだが・・・」
するとモリアエは言った。
「愚行こそ自由よ。人は利益のために生きている。そして利益に縛られ利益の奴隷となっている。その利益を自ら棄損する愚行こそ自由の証」
「そんな自由は要いらないから」と、うんざりした顔のエンリ。
そんなエンリにモリアエは「あなたの愚行は私の加護を受けるに相応しい」
「そんな加護要らないから」
うんざりした顔でそう言うエンリに、エラスムスは言った。
「ところで、何か相談事があるのですよね?」
エンリは「その前に、この神様どうにかして下さい。みんなのためにやらなきゃいけない事なのに、馬鹿な計画立てて失敗して、みんなに迷惑かけたら元も子も無い」
するとモリアエは「そんなの愚行じゃないわ」
「そうなの?」とエンリ。
モリアエは言った。
「愚行とは自らのみを不幸にするものよ。愚かさの責任を一人で背負う覚悟があってこその自由。他人を巻き込むなんて筋違いよ」
エンリは見直した・・・という顔で「それなりに真っ当な事も言うんだな」
そしてモリアエは言った。
「他人の不幸は蜜の味、隣の利益は我が身の不幸。巻き込まれた他人の不幸で幸せを感じられる愚行なんて愚行じゃない。本末転倒よ」
「酷ぇーーーーーーーー」とエンリたち唖然。
「本当に嫌な神様だな」と言ってエンリは溜息をついた。
エンリはエラスムスに、ここに来た目的を説明し、言った。
「オランダ東インド会社の造船部門で魔導による推進機関を持つ船を開発しているのですよね? そういうのを研究している魔導士が居ると?」
エラスムスは言った。
「オランダでは魔導は規制される立場なんです。魔導とは、人が自分の運命を自らの自由意思によって変えようという技術です。ですがこのオランダの宗教であるジュネーブ派は、自由という概念そのものを否定します。人が自由意志によって何かを望んだとしても、それは神がそうさせているに過ぎないという」
「そういえばグロティウスさんもジュネーブ派に弾圧されたのですよね?」とエンリ。
「彼も一緒に刑務所に送られた仲間でした」とエラスムス。
アーサーは「やっぱり宗教思想が原因ですか?」
「彼の主張は国家が宗教を管理し、異なる信仰を持つ者に対しては、信仰の自由を国家と他者の迷惑にならない範囲で個人に認めれば良いと。本来信仰の自由は個人に対して認めるもので、教団が好き勝手やっていい訳では無いのです」とエラスムス。
エンリは言った。
「けどジュネーブって、一種の宗教都市国家ですよね? あそこは国家が宗教を管理しているのでは?・・・」
「ジュネーブでは国家と宗教が一体となり、宗教が国家つまり世俗を支配するのです。イギリスやポルタのように国家が世俗のために宗教を管理するのは、優先順位が逆なのですよ。しかもジュネーブはオランダにとって外国です。外国の宗教に精神を支配されるという事は、その外国に従属し、自国のためにならない政策を強要されたり、下手をすれはお布施と称して富を吸い上げられたり、本拠地のある国がアダム国家でお前達はそれに奉仕すべきエバ国家だとか言われて信者を侵略の先兵に使われ兼ねない」とエラスムス。
「どこかで聞いたような話だな」とジロキチ。
「彼は脱獄したのですよね?」とエンリ。
するとモリアエがドヤ顔で「私が逃がしてあげたのよ。感謝なさい」
「彼女が囚人たちを煽動して暴動が起きたのですよ。それでジュネーブ派は再発を恐れて私は刑務所から出され、ここに軟禁されたのです」とエラスムス。
エンリは「まあ、この駄女神はとりあえず置いとくとして」
「誰が駄女神よ!」と言ってモリアエは口を尖らす。
「それでエンリ王子の相談事とは?・・・」と、モリアエを無視して話を本題に戻すエラスムス。
「東インド会社の魔導機関の開発を担当しているのは、イギリスから拉致されてきた技師なのですよね?」
そう問うエンリにエラスムスは「そうです」
「接触は可能なのでしょうか?」とエンリ。
エラスムスは溜息をついて、言った。
「彼等は軟禁状態にあって、外部との接触は不可能でしょうね。ですが、東インド会社による誘拐行為を確認出来れば、ブルゴーニュ公はその責任をオランダ支配当局に問うて、この国を再び掌握する行動に出るでしょう」
「オランダ支配当局というのはオレンジ公ですよね?」とエンリ。
「そうです。このアムステルダム周辺の地方領主で、オランダ連邦構成メンバーのリーダーでジュネーブ派信者のオランダ代表でもある。これまで繰り返し独立運動を起こして実質的なオランダの君主です。そして東インド会社の社長でもある。ブルターニュ公は今やその傀儡に過ぎないんです」とエラスムスは言った。




