第123話 ハンマーの皇子
オランダの造船所で建造されている魔導機関を持つ船の実態を探るため、アムステルダムを訪れたエンリ王子たち。
エンリたちが領主マキシミリアンの館で話を聞いていた頃、カルロとタルタは造船所で潜入のための手続きをやっていた。
受付の事務の女性は二人に書類を渡して説明する。
「新規の造船労働者ですね? では、ここにサインを。それと労働条件がこれです。宿舎は寮がありますから、利用されるなら、こちらの書類に記入して下さい」
書類を書きながらタルタは「なあカルロ、これって」
「労働者として入り込んで。隙を見て情報を奪うんです」とカルロ。
タルタは「情報って造船技術? 働く中でいろいろ教わる技術研修って奴かよ。海賊がやる略奪と違うぞ」
「情報ってのは形の無いものですよ。財宝を盗むのと訳が違うんですから」とカルロ。
「けどさ、俺たちが盗む情報って結局何だ?」
そう問うタルタに、カルロは「それをこれから内部に居て探るんです」
その時、二人のマッチョが挑発的な笑いを浮かべて彼等に声をかけた。
一人は短髪角刈り。もう一人は坊主頭だ。
「よお新入り。随分ヒョロいな。そんな筋肉で大丈夫か? ここの労働はきついぞ」
タルタは笑って「筋肉にも量より質ってあるんでな。知ってるか? 鍛え抜かれた筋肉は鉄より硬い」
「面白い事を言う奴だな」
坊主頭のマッチョはそう言うと、ポキポキと指を鳴らしながら言った。
「喧嘩なら受けて立つぞ」
「止めておけ」
「そーだそーだ」と短髪角刈りのマッチョ。
「いや、お前らに言ってる」
そう坊主頭たちに言ったのは、少し離れた所で会話を聞いていた、一人の長髪のマッチョだ。
「そいつはお前等の手に負える相手じゃない。皇子ってのは上に立つ仕事だから、人を見る目があるのさ」
「またピーター皇子かよ」と言う短髪角刈り。
「跡継ぎが嫌で逃げてきたってんだろ?」と坊主頭。
「それでバイトが造船労働者かよ」
そんな風にわざとらしく笑ってみせると、二人のマッチョは自分の部屋に引き上げた。
彼等が去ると、タルタは「あんたは?」
「ピーターだ。お前らは?」
ピーターと名乗るマッチョに、二人も名乗る。
「タルタだ」
「カルロです」
ピーターは言った。
「お前ら、寮に入る二人組だよな? 俺と同室という事になる。よろしくな。とりあえず、これから食堂で夕食だ」
三人で食堂に行く。
大食いの多い職場だけに食事の量が多い。
太ったオバサンがおかずを盛りながら言う。
「お残しは許しまへんで」
タルタはオバサンに「お代わりって出来るのか?」
ピーターはあきれ顔で「ここの奴等にそれ認めたら際限無いぞ」
「そんなぁ」
そう言うタルタにピーターは「まあ、続きは部屋で・・・だな」
食堂での夕食を終えて、寮の部屋へ。
部屋の両側に二段のベット。
タルタとカルロは荷物を置いて自分のベットを決めると、ピーターが持ち込んだつまみとウォッカで酒盛りを始め、わいわいやる。
いきなりドアが開いて「あんたら静かにしなよ」と太ったオバサン。
ピーターがオバサンと小声で二言ほど話すと、オバサンは「うるさくするんじゃないよ」と言って去った。
「さっきの食堂のオバサンじゃん」とタルタ。
ピーターは「寮母だよ」と・・・。
翌朝、作業開始。
太ったオバサンから作業用のシャツの配給を受ける。シャツを着ながらマッチョたちが筋肉自慢。
一人がマッチョポーズの胸の筋肉でシャツが裂け、彼はニヤリと笑う。
オバサンはハリセンでそのマッチョの後頭部を思い切り叩いて言った。
「そのシャツ、誰が縫うんだい」
オバサンにこっ酷く叱られるマッチョを見ながらタルタはピーターに訊ねた。
「なあ、あの寮母のオバサンって・・・」
「最近雇われたんだ。一人で六人分働くって触れ込みでね」
カルロは呟いた。
(六人分ねぇ・・・。けど、どこかで見たような顔なんだが)
造船所の仕事。
二人はピーターと同じ班に配属され、あれこれ教わりながら作業。
足場が組まれた中で、竜骨材に骨組を取り付け、更に船板を・・・。船材の形に加工された大きな木材を組み合わせる。
装着する金具の形をハンマーを振るって叩いて調整するピーター。
その日の作業を終えて寮の部屋に戻る三人。廊下を歩く途中で、別棟に続く廊下を見る。
「向うの区画も工場なんだよな?」
そう問うカルロに、ピーターは「あっちは俺たちは立ち入り禁止で、特別な船を作っている。魔法で動く船だそうだ」
その夜、カルロが別棟に向かう廊下を通って潜入を試みた。
アーサーから貰った隠身魔法の魔道具で廊下を進む中、その区画に入る所で違和感を感じた。
ネズミや虫の死骸が幾つもある。
(これって)
そう彼が脳内で呟いた瞬間、光攻撃魔法の光条が彼を襲った。
辛うじてそれをかわして別棟区画に飛び込む。
(監視の魔道具かよ。あれは生命探知の監視だな)
三人の警備が走って来るのを、物陰に隠れてやり過ごすカルロ。
入口方面に人が集まるのを見て、反対側に小走りで移動する。
(探索どころじゃないな。出口はどこだ)
そうカルロが呟いた時、背後の戸が開いて、彼を呼ぶ声が聞こえた。
「こっちだ」
そこに入ると、一人の技術者らしい男が居た。
「あんたイギリス人か?」
そう問う彼にカルロは「イタリア人だが」
男は言った。
「イギリスの奴が居たら伝えてくれ。仲間が八人囚われている。左手に行った所に物資搬入口がある。脇の小部屋で監視装置を切れる」
カルロは彼の助言に沿って別棟区画を脱出した。
翌日、工場で作業しながらカルロは思った。
(昨日のあれは何だったんだろう)
二人の作業員が船材を組んでいる所に、カルロとタルタが次の船材を運び込む。
その時カルロは、船材の支えを縛るロープが緩んで崩れかけている事に気付いた。
「危ない」
船材が音を立てて作業員たちの上に崩れようとした時、咄嗟にタルタが飛び込み、三人は船材の下敷きに。
悲鳴とともに崩れる船材の下で蹲った二人がおそるおそる目を開けると、上には彼等を庇って崩れた船材を受け止めて鉄のように固くなっているタルタが居た。
ピーターとカルロは他の労働者とともに、船材を除去して三人を救出。
事故の後始末が終わって一息つくと、ピーターはタルタに言った。
「お前、ポルタの王太子の所の鉄化男だろ」
「俺たちの事を知ってるのか?」とタルタ。
「まあな。で、通商国家ポルタ王太子率いるタルタ海賊団は、船長自らこんな所で肉体労働のバイトをやるほど財政難って訳か?」
そう冗談めかすピーターに、カルロは「って事は、お前もただの労働者じゃないんだよな? 目的は何だ?」
「軟禁状態で働かされている八人の造船技術者を救出したい」とピーターは答える。
カルロは「目的は奴等の技術か?」
エンリ王子たち六人はボルタ諜報局の拠点を訪れていた。
「各国が魔導造船技術を求めて動いていますよ」
その情報局員の言葉を耳に、エンリは溜息をついて「俺たち、そんな特別なものを調べてたのかよ」
「風が吹かない所を進めるのは大きいですから」とアーサー。
エンリは局員に「東インド会社は、どこからそんな技術を? やはりイギリスから?」
「その可能性は高いですが、ここにも魔導士や賢者は居ますから」と局員は答えた。
スパニア諜報局の拠点を訪れる。
「ここでは宗教の関係で魔導士に対する規制も厳しいですから」とスパニアの諜報局員。
「けど魔導士や賢者は居るんだよね?」とエンリ。
諜報局員は言った。
「賢者ならエラスムスですね。彼なら何か知ってると思います」
「どこに行けば会える?」
そう問うエンリに局員は「何しろ彼は軟禁中ですから」
スパニア諜報局のアジトを出るエンリたち。
「どうしますか?」とアーサー。
「交易商を回って見るか」とエンリ。
アーサーは「東インド会社ですか? 敵のラスボスですよ」
「じゃなくてその同業者だよ。ライバルの動きは把握してると思う」とエンリ。
「けど、オランダの交易商は結束が固いですよ」
そんなアーサーの言葉を受けて、エンリは言った。
「って事はドイツ商人だな。二手に別れよう。ニケ、ジロキチ、アーサーは一緒に魔術師の所を当たってくれ。出来ればエラスムスの居場所も知りたい。リラとファフは俺と一緒に来てくれ。交易商を当たる」
エンリたちがドリアン商会の拠点を訪れると、ノルマンのカール王子が来ているとの情報を入手した。
「あいつがスパイの真似とか絶対無理だろ」と、あきれ顔のエンリ。
商館員は「実はロシアからも来ているんで、それと対抗しているんですよ」
「誰が来てるんだ?」
そう問うエンリに、商館員は「ロシアのピュートル皇太子です」
「向うが皇太子だからって・・・」と、あきれ顔のエンリ。
東インド会社に行くと、建物の前には、軽くあしらわれて途方に暮れているカールが居た。
「何やってるんですか、カール王子」
そう声をかけたエンリに、カールは「エンリ殿、地獄に仏とはこの事です」
「とりあえずコーヒー店にでも行って話しませんか」とエンリ。
コーヒー店で飲み物を飲んで落ち着くと、カールは語った。
「ロシアではイギリスでの失態によりエリザベータ女帝は実質隠居状態で、実権を握ったピュートル皇太子が富国強兵策を進めています」
エンリは「ある程度はブラド伯爵の所で聞いているよ。けどロシア軍ってそんなに強いか?」
カールは言った。
「強いのはピュートルの直衛部隊です。何せ、奴自ら十年以上かけて鍛えた集団戦軍団だから。市街戦じゃ敵無しって言われてる」
「ちょっと待て。十年前って、奴はまだ子供だぞ」とエンリ。
「その子供が鍛えたんですよ。戦争ごっこでね」
そうカールに言われてエンリ絶句。
「な・・・」
「あの浪費家の母親にねだって、市街戦用の街まで用意して、武器も最新鋭の本物だし指導者はドイツからプロの将軍と魔導士を呼んで、遊び友達は今じゃ全員一流の士官ですよ」とカール。
「子供の遊びでそこまでするか?」とエンリ絶句。
カールは「奴の目的は海への出口です。ノルマン海沿岸には同胞の民が居る。そこを支配するために、近い将来確実に大規模な海戦になる」
「けど、そこを支配しても、外洋に出るためにはコペンの出口を通るよな?」とエンリ。
「そう。だからノルマン半島の先端部まで手を伸ばすでしょうね。下手をすればノルマン全体がターゲットですよ」とカール。
エンリは溜息をついて言った。
「そのための軍艦に魔導推進機関をロシアが手に入れるのは困るって訳か。状況はよく解った。けどさ、向うが皇太子自ら来てるからって、自分側も王太子が自分で出て来る事は無いと思うが」
「エンリ殿も王太子ですよね?」とカール。
「そうだけどさ、お前、こういうのに絶対向かないと思うぞ」
そうエンリに言われ、カール王子は溜息をついて言った。
「それは自覚しているのですが・・・。それで、とりあえず商人からの情報ですが、イギリスの魔導戦艦の技術者が数名、ここの造船所に来てる。彼等は東インド会社に拉致されて協力させられているそうです」
「そうなの?」とエンリ。
カールは「とりあえず彼等を救出したい。そしてピュートルも同じ目的で、労働者として潜入しているそうです」
「そうなの?」とエンリ。
リラはエンリの耳元で小声で言った。
「もしかして、向かないって言ってる割に、この人、こちらより情報掴んで・・・」
エンリは困り顔で「皆まで言うな」
その後、アーサーとジロキチがエンリたちと合流した。エラスムスの軟禁場所の情報を掴んだという。
エンリはアーサーに「ところでニケさんは?」
「何でも、彼女は錬金術の手掛かりを掴んだからとか言って別行動をとると」とアーサー。
エンリは疑問顔で「そんな話があったの?」
「いえ、錬金術の話題なんて出なかったと思いますけど」とアーサー。
「そもそもあの人、魔導士じゃないだろ」と言ってエンリは首を傾げる。




