第122話 会社で航海
ポルタ大学の海賊学部に造船科を設立する事になった。
ポルタ人の造船技師の中から選りすぐりの造船技師が教官としてスカウトされたのだが、その最大の目的は、魔法を応用した航海船の研究だ。
船の上で、そう説明しているアーサーに、エンリは「イギリスが作った魔導戦艦みたいな奴か?」
「あれって聖杯を使うんだよね」とタルタ。
アーサーは「そこまでやる必要は無いから」
「けど、あの技術はイギリスが持ってるのよね?」とニケ。
「いや、イギリスはあの研究を放棄したんだ」とアーサー。
「あれだけの大惨事を引き起こしたんだものなぁ」とジロキチ。
エンリが「で、その技術がオランダに流出して、アムステルダムで魔導動力の船を開発してるから、情報を持ち帰って来いっていう訳だ」
「教えて下さいって言って、簡単に教えてくれるものなんでしょうか?」とリラ。
「そこだよなぁ」と言ってアーサーも首を傾げる。
船はオランダに向かっている。目的地はその中心都市、アムステルダム。
アムステルダムの港に着き、とりあえず造船所に視察に行く。
窓口の係員が「船の御注文ですか?」
「品質を確認したいので工場を見学させて下さい」とエンリ王子。
「解りました。こちらへ」
そう係員に言われて、会議室のような部屋に通される。記憶の魔道具が用意され、映像再生の準備。
「いよいよ魔法動力技術の全貌が明かされるのか」とエンリ。
「こういうの、ハイテクって言うんですよね」とリラ。
「何だかわくわくしますね」とアーサー。
記憶の魔道具の映像の再生が始まった。
「ようこそオレンジ造船へ。皆様の安全安心な船の旅を全力でサポート致します。アフターサービスも万全・・・」
「何だこれは」と呟くエンリ。
アーサーがエンリに「これ、ただのアピール映像ですよ」
残念な空気の中、映像は終了した。
不満顔の彼等に係員が「では、これから工場の見学へご案内します」
仲間たちの雰囲気が一変する。
「今度こそ魔法動力技術の全貌が明かされるのか」とエンリ。
「何だかわくわくしますね」とリラ。
係員について廊下を歩く。
「こちらが食堂になります」
そう言う係員に促され、唖然としつつ椅子に座り、食事を出される。
「労働者たちの食事です。召し上がってみて下さい。栄養バランスを十分に配慮した食事による高品質な労働で高度な製品の製造を・・・」
得々と解説する係員を見てエンリは呟いた。
「こんなの食べて意味あるの?」
彼の横ではファフが口をもぐもぐさせながら「意外と美味しいの」
タルタも口をもぐもぐさせながら「力仕事には肉だよな」
食べ終わると別の部屋に案内される。
「こちらが労働者の寮になります」
更に、別の部屋に案内される。
「こちらが娯楽室です」
エンリ王子は苛立ち顔で係員に「あの・・・そういうのは要らないので」
廊下に出て、通路の分かれる所で係員は、そちらの方向を指して、言った。
「あの廊下の向うが工場です」
「では中に」
そう期待顔で言うエンリに係り員は「企業秘密がありますので、外部の方にお見せする訳には・・・」
「最初からそう言えよ」と言ってエンリは口を尖らせた。
仲間たちと額を寄せて、ひそひそ・・・。
「要するに産業スパイ扱いですね」とアーサー。
「まあ、そうなるよね」とタルタ。
エンリは係員に言った。
「魔法による航海技術を使った外洋船があると聞いたので、発注を検討するに際してどのようなものか知りたいと思って来たのですが」
係員は「技術情報をお求めでしたら、知的所有権なので組織を通して貰えませんと」
エンリは「御尤も。ところで組織って?」
係員は言った。
「当造船所は東インド会社の一部門となっております。個々の海賊や大商人の時代は終わり、これからは会社組織で航海する時代となります」
「会社・・・ですか?」と怪訝顔のエンリ。
会社窓口に行き、改めて技術情報の提供を申し入れる。
係員は「新鋭艦船の技術情報でしたら、情報料が必要となります」
提示された情報料を支払う。
会議室のような部屋に通されて、資料が配布される。
「ではご説明します。船を水上に浮かせるのは浮力という力であり、これは、同じ体積の水より軽ければ水に浮くという原理により生じる力です。これを応用して中空な構造の・・・」
タルタが「すげー」と感心顔。
「勉強になるなぁ」とジロキチ。
そんな彼等を見てニケが、あきれ顔で「あんた等馬鹿なの?」
エンリは頭痛顔で係員に言った。
「あの、そういう、太古の昔に人類が船というものを発明した段階の知識は要らないので」
残念な空気の中、改めて資料が配られる。
そして係員は「では、魔法を応用した推進力について説明します」
「待ってました」と言って勢い込んで耳を傾ける仲間たち。
係員は語った。
「船を動かすには、これまで風もしくは海流といった外部の物理的な力の作用によるものでしたが、これを魔法の応用で代替するのが魔導推進となります。その原理としては、流動な状態にある風や水の元素が外部からの働きかけで自然な流れを・・・」
魔法原理の初歩を延々と語る係員を見て、アーサーはエンリに言った。
「これ、情報を出さずにお茶を濁して終わる気ですよ」
会社を出ると、エンリは酒場で仲間たちと作戦会議。
ニケが「やっぱり情報は実力でかっさらうしか無いみたいね」
「略奪は俺たち海賊の流儀だもんな」とタルタ。
「それじゃまるで産業スパイですよ」とリラは不安顔。
「けど、情報料を払ってあれじゃ、こっちが被害者ですよ」とアーサー。
するとカルロが「それに俺、スパイだし」
「そーだった、お前、この道のプロじゃん」とジロキチはカルロに・・・。
「道化師は仮の姿ですから」とカルロ。
「それ、お前が一番苦手な奴な」とエンリ。
そしてエンリはカルロに「あまり問題になるような事は控えろよな」
カルロとタルタが造船所で情報収集を・・・という段取りとなる。
「それで、他の奴等は?」とアーサー。
エンリが「俺はここの領主に話を通してみるよ」
タルタが「そーいやあんたは一国の王太子じゃん」
「それにここの領主はイザベラの兄のマキシミリアン公爵だ」とエンリ。
「あの33人兄弟随一のイケメンですか」とカルロ。
ニケが「私はルックスよりお金なんだけど」
エンリは言った。
「彼は金持ちだよ。なんせ義父のブルゴーニュ公は豪華公と呼ばれた人で、その財力目当てに群がる求婚者を全員蹴って二つ年下の美少年をゲットしたのが娘のマリア公女だ」
「その経済力の元が、このオランダの産業って訳だものね」とアーサー。
造船所に潜入する二人と別れた六人でブルゴーニュ公の館へ向かう。
館に入って案内を求めると、マキシミリアン皇子が出迎えた。
「よく来たね、エンリ王子」
エンリは外交スマイルで「お久しぶりです。マキシミリアン義兄さん」
案内されて中を歩く。ニケが不満そうに言う。
「王宮・・・なのよね?」
「公爵って王様の事だからね」とアーサー。
ジロキチが「どこかで聞いたような台詞なんだが」
「別に、火事で廃墟になってる訳じゃないんだし。それに正式にはフランス王の家来だけどね」とアーサー。
エンリが「まあ、百年戦争でイギリス側についたブルゴーニュ公がフランスに寝返る見返りに実質独立を勝ち取ったから・・・ってかどうした?ニケ」
ニケは「館内は何でこんなに目の保養が乏しいのか・・・って」
「目の保養って?」と怪訝顔のエンリ。
アーサーが「翻訳すると質素という事かと」
するとマキシミリアンが「あれですよ」と言って、広間で執事とメイドが数人の男性を案内している様子を指した。
男性の一人が、置いてある調度品を見て、「この調度品は随分と値の張るもののようですが」
「模造品で安物ですよ」と執事は答える。
「やたらと絵画が並んでいるようですが」と、壁に飾ってある絵を見て別の男性が・・・。
執事は「破産した画家から二束三文で買い取ったものです」
更に別の男性が「そちらのメイドの方の衣装から絹ずれの音が聞こえた気がしたのですが、下地に絹など使っているか、確認のため脱いで貰えますか」
「困ります」と言ってドン引きするメイド。
それを見てエンリ達もドン引き。
エンリが「何ですか? あれは」
マキシミリアンは「ジュネーブ派教会の贅沢警察ですよ」
「そういえば、さっきから何やら門の前が騒がしいようですが」とアーサー。
マキシミリアンは「ジュネーブ派信者たちの水曜デモです」と・・・。
館の窓から見下ろすと、かなりの数の市民たちがプラカードを以てスローガンを叫んでいる。
「公爵家は質素の見本を示せ」
「贅沢は敵だ」
そんな彼等を見てジロキチは言った。
「ジパングで昔、水野忠邦という領主が贅沢禁止令とかいう似たような法律作ったって話があるぞ」
「どうなった?」
そう問うエンリに、ジロキチは「庶民の恨みを買って二年で領地を追われたそうだ」
そんな彼等にマキシミリアンは言った。
「ところでイザベラから連絡があったのですが。何か目的があって来られたのですよね?」
エンリは言った。
「造船業の視察です。ポルタ大学で造船科が出来るので、その参考に魔導推進機関の技術について知りたかったのですが、ガードが固くて」
「航海関係は民間組織が一括運営してますから、私でも手が出せないのですよ」とマキシミリアン。
「あの東インド会社ですね。それで会社とは」とエンリ。
「それは担当部署に聞いた方が早いかと」
マキシミリアンがそう言ってエンリ達を案内しようとした時、背後から一人の女性が彼に声をかけた。
「あなた、そちらの方は?」
マキシミリアンの妻、マリアだ。
彼は妻にエンリを紹介する。
「ポルタから来たエンリ王子だよ。パリの夜会で会ってる筈だが」
「そうでしたわね。お久しぶりですエンリ殿下。それで、女性の方がおられるようですが」とマリア。
エンリはニケとリラを見て「私の部下ですが何か」
マリアは「女性の方は女官に案内させますので、あちらの部屋に待機して頂けますでしようか」
「いや、彼女たちは大事な戦力なんで、別行動は勘弁して下さい」とエンリ。
マキシミリアンも「これから商業局に案内する所だ」
マリアは彼女の夫に言った。
「それとあなた、通話の魔道具の通話履歴に女性からのものが二件あったのですが」
エンリは溜息をつくと、そっとマキシミリアンの耳元で言った。
「奥さん、独占欲の鬼になってません?」
マキシミリアンは何とか妻の追及をかわし、エンリたちを商業局へ案内する。
商業局の長官が対応に出る。
「それで会社って何ですか?」
そうエンリに訊ねられた長官は「商売をする大きな組織ですよ。多額の資金をもって設立して大規模に事業を行うための、ね」
「大商人とは違うのですか?」とエンリ。
「個人が用意できる資金には限りがありますから。大勢の小金持ちが少しづつ出し合った資金を集めるんです」と長官が答える。
エンリは「五人とか十人とか?」
長官は「いえ、千人とか二千人とか?」
「・・・」
長官は解説した。
「事業を始めるための資金を細かく分割して、株という単位にするのです。それに資金を出して所有する事で、会社の一部を所有した事になり、会社経営に対する発言権と利益の配分を受け取る権利が得られる」
「具体的にどうやって資金を集めるのですか?」とエンリ。
「株を市場で売るのです。それを買った人が会社の一部分の所有者になる」と長官。
ニケは目をキラキラさせながら言った。
「素晴らしいわ。それなら会社を創る予定だけ立てて株を売ってお金だけ集めて行方晦ましてお金ガッポガッポ」
エンリはあきれ顔で「ニケさん、それ詐欺だから」
「有望な会社の株を買えば、会社の成長とともに儲ける事も出来ます」と長官。
「どんな会社の株が売られているのですか?」とエンリ。
長官は商業局のファイルを捲りながら言った。
「これは永久機関を発明する会社。これは錬金術事業の会社。これは世界の果てを見つけてそこから地の底に溢れ落ちる海水を動力源に利用する会社」
アーサーは溜息をついて「まるっきり詐欺じゃん」
「東インド会社の株も売られているのですよね?」
そう問うエンリに長官は「いえ、あれは国家が全株保有しています。だから、ある意味国家権力そのもので、赤字を出しても全額補填されます」
「海外に進出した先で軍事力とかも必要ですよね?」とエンリ。
「会社独自の陸軍と海軍を保有しています」と長官。
するとジロキチが「つまり私設軍隊ですか? すると指揮官は白い学ラン着てジパング刀を持ったオールバックの男子高校生」
エンリはあきれ顔で「どこの漫画の話だよ」
エンリは深刻そうに呟いた。
(それだと、組織の力でポルタの商人たちを武力で追い出す事も出来ちゃうって事に・・・)




