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人魚姫とお魚王子  作者: 只野透四郎
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第121話 残念な改宗

ムガール帝国のヤナガル国征服は失敗に終わり、その後の交渉に参加したエンリ王子の説得で、皇帝は南方遠征の中止を宣言した。

インドに平和が戻った。



王として戦争を回避するため、アラビアの教えに改宗したヤナガル王。

だが、周囲の心配とは裏腹に、エンリが面会した時、王は上機嫌だった。


「いや、実に快適。何しろ嫁を一度に四人娶る事が出来るというのだからな」

そう言って、四人の妻を侍らせる王に、エンリは言った。

「これでここもアラビアの教えを拝む国になるのでしょうか」

ニケも「ダリッドの人たちへの差別も解消されるのね」


だが王は「いや、そうはならないと思う」

「けど・・・」

そう言って不満顔のニケに「だって俺、息子に地位を譲って退位するから」

「はぁ?」

「商人には既に改宗している奴も居る。奴等の礼拝堂に通って、あとは四人の嫁と別荘でスローライフだ」とヤナガル王。



「ダリッドの人たちは?」

唖然顔でそう言うニケに王は言った。

「カーストというのは世襲する職業の、いわば互助組合なんだよ。その職業のランクが身分制って事になる。ダリッドだってそのカーストに基いた生業で生きてる。それを否定して、どうやって奴等は生きていくんだ?」



エンリは思い知った。

社会全体に巨大な階級の仕組みが組み込まれている。それは最下層を虐げると同時に、彼等を生かす仕組みでもある。そこから抜け出すにはどうしたら・・・。


エンリは言った。

「王様、植民市の隣に土地を貰えませんか? 彼等を植民市が面倒を見て、農業をやらせて自分たちの食い扶持を自給させるんです」

「奴等はアラビアの教えに改宗するのか?」

そう問うヤナガル王に、ニケは言った。

「南のセイロンに住む人たちの仏教という教えに改宗したいって言ってるわ」



植民市が与えられた土地で農業を始める事になったダリッドたち。

そこには、貰った土地を開墾する計画を仕切るニケが居た。


彼女は地図を片手に、テンションMAXでダリッドたちに言った。

「ここの部分では、あなた達が食べるお米が作れるわね。こっちの土地ではナツメグと肉桂に良さそう。こっちはお茶ね。ここはココヤシ。ここみたいな暑い土地でしか採れない産物で、ユーロの人たちが欲しがる商品って多いのよ。それをごっそり栽培して商品として運んで売り捌くの。それでお金ガッポガッポ」


そんな彼女を唖然顔で眺める仲間たち。

「ニケさん、こういう流れになる事、狙ってやってたのかな?」とタルタ。

カルロが「まさかね」


そんな彼等にエンリが言う。

「けどさ、差別がいけないって、単に道徳に反するってだけの話じゃないと思う。そういうのって、いろんな面で不合理が生じて、害が出るんだよ。それを解消する事で利益が出て、みんなが豊かになれる。可哀想だとか誰が悪いとかって話に持って行きたがる奴って多いけど、そんなの何も解決しないよ」

「そうですよね。それに差別って伝統的なものだけじゃないから」とアーサー。

「差別ってつまりは偏見で、多くの人の認識を歪める事で、新たに作る事も出来る。それで他人を支配する事もね。例えば歴史を捏造し事実を歪めて、特定の人たちを加害者だとか差別者だとか決め付けて貶めて、自分たちが差別する側に立とうとする。そういう奴等は間違った歴史を正しいと言い張るために、"正しい歴史認識"とか"嫌ナントカ"なんて偏見イメージのための造語を連呼するんだよ」とエンリ王子。



エンリたちが帰国する事になり、ファフがダリッドたちの所に行って、チャンダ少年に別れを告げた。

「帰るのか?」とチャンダ少年。

「うん」

そう言って寂しそうに頷くファフに、チャンダは「じゃ、とっておきの場所を教えてやるよ」

「とっておきって?」と首を傾げるファフに、チャンダは言った。

「海賊の秘密基地さ」


ファフを洞窟に案内するチャンダ。奥に宝箱がある。

「あの中にお宝があるのさ。俺が大きくなって海賊になる時の資金源にするんだ」

そう自慢げに言うチャンダ。


ファフはその宝箱を見て「これって、ひとつながりの秘宝・・・」

チャンダは怪訝そうに「何だよそれ」

「地図が入ってるの」とファフ。

チャンダは「地図って紙切れかよ」と、がっかり顔で言う。

「すごく大事なの」

そう言うファフにチャンダは「売れは金になるのか?」

「主様に相談してみる」とファフ。



エンリたちと再び洞窟に入るファフとチャンダ。箱を空けると一枚の地図があった。

インド周辺が描かれたそれを見て「それ、何ですか?」とチャンダ。


エンリは言った。

「ひとつながりの大秘宝の片割れだよ。世界中に眠っていて、手に入れれば、世界を支配する海賊王になれるって言うんだ」

「じゃ、おじさんたちは海賊王なの?」

そう言って目を輝かせるチャンダに、エンリは「まあな。けど、これを見つけたのはお前だ。つまりお前は未来の海賊王だ」


チャンダ少年の胸に熱い何かが沸き上がる。そして少年は言った。

「俺、剣術と航海術を勉強して、最強の海賊になります」

「頑張れよ」

エンリはそう言うと、少年に報酬として一袋の金貨と、従者の証の紋章の入った一本の剣を渡した。



ガンディラの修行場に挨拶に行くエンリたち。

「戻るのですか?」とガンディラ。

「はい」とエンリ王子。


「ブラバッキーさんはどうするの?」

そう問うアーサーにブラバッキーは「もうしばらくここで勉強して、ユーロの魔導に、ここでの知識を活かしたいと思います」

「チャクラとか?」とアーサー。

するとブラバッキーは「それより菜食主義です」

「へ?」


唖然とするエンリ達に、ブラバッキーは目をキラキラさせたドヤ顔で語る。

「生き物の命は統べて平等です。けして殺してはいけないという思想を聞いて感動しました」

「はぁ・・・」

「特に鯨は人間の次に賢いから絶対殺してはいけないのです」とブラバッキー。

リラははあきれ顔で「いや、鯨以外とも平等なんじゃ・・・」と呟く

ニケもあきれ顔で「ってか人間の次に賢いのはチンパンジーじゃないの?」と呟く。


ファフが「ドラゴンは千年生きてるから人間より賢いって、ネス湖に住んでるお父さんが言ってた」

「お前、親が居るのかよ」とタルタ。

「そりゃ居るだろ。ドラゴンだって木の俣から生まれる訳じゃないんだから」とジロキチ。

「ってか、そういうファンタジー生物持ち出すと話がややこしくなるぞ」とエンリ。



「ところでこの辺、蚊が多いわね」

そう言って、ニケが左手をパシッと叩く。

それを見てブラバッキーは叫んだ。

「生き物の命、何て事を」

「いや、蚊は害虫だし」と困り顔のニケ。


ブラバッキーの二の腕にも蚊が止まり、彼女も思わずパシッと・・・。

そして彼女は叫んだ。

「私、何て事を。こんなにも赤い血が、昆虫だって人と同じ血を流すんです」

「いやそれ、蚊が吸った人間の血だから」とあきれ顔のカルロ。


ブラバッキーは慚愧の涙を浮かべてガンディラに取り縋り、「尊師様、私、生き物の命を奪ってしまいました」

ガンディラも困り顔で「その呼び方、止めてくれませんか。とてつもなく悪いイメージが浮かんでしまうのですが・・・ってかブラバッキーさん、何事も行き過ぎは良くないですよ」

そんな騒ぎを前に、エンリは困り顔で仲間たちに言った。

「帰ろうか」


ガンディラの修行場を後にするエンリ達。

歩きながらエンリは「なあアーサー、あの人の家族に、本当に変わりは無いって報告するのか?」

アーサー、困り顔で「どーしよーかなぁ」



王宮に挨拶に行くエンリたち。

ヤナガル王に面会する。


「ヤナガル王、我々は明日、ここを立ちます」

そう言うエンリに王は「そうか。では宴を開くとしよう」

「わーい、御馳走だぁ」と喜ぶファフ。

タルタも「食うぞぉ」と気勢を上げる。

王は得意顔で「城のコックの料理は絶品だぞ。特に私の好物のポークカレー」


すると侍従が言った。

「陛下、それは戒律に反します」

「何だと?!」

「アラビアの教えでは、豚肉は禁忌として食してはいけない事になっていますので」と侍従。

王は残念そうに「俺の好物なのに・・・。まあいい、酒は上物を開けるとしよう」

すると侍従は「陛下、酒も禁忌です。人を酔わす物を口にしてはいけないとの戒律ですので」

「な・・・」とヤナガル王唖然。


更に侍従は追い打ちをかける。

「それと毎年一か月間、日の出ている間は何も口にしてはいけない断食月というのがあります」

「聞いてないぞ」と抗議声を上げるヤナガル王。

侍従は「聞かれませんでしたので。それと礼拝は一日五回、朝起きた時と夜寝る時も含めて一斉にやりますので、毎日規則正しく早寝早起きを」

ヤナガル王は溜息をついて「勘弁してくれ。ムガールの皇帝とか、マジでそんな生活やってるのかよ」


「あとこれを」

そう言って侍従は一冊の本を差し出す。

「何だこの薄い本は。どこぞのコミケで売ってた同人誌か?」とヤナガル王。

侍従は「信者が聞いたらぶっ飛ばされますよ。アラビアの教えの経典です」

「言語も文字もアラビア語だろ。読めないんだが。翻訳本があるだろ」とヤナガル王。

「原書で読む決まりですんで、アラビア語を勉強して下さい」と侍従。



ヤナガル王、ついにキレる。

「もういい。改宗は止めだ。俺はヒンドゥーの信仰に戻る」

侍従は言った。

「棄教は最大の罪という事になってますから、裏切り者として世界中の同胞信徒から死の制裁が来ますよ。同時多発的に巨大な鉄の鳥が飛来し、自作銃を持った奴とか爆弾抱えて突っ込んで来る奴とか」


王は叫んだ。

「宗教怖ぇーーーーーーー!」

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