第115話 バンパイアの終戦
エンリ王子たちが助っ人として参加したルーマニアのブラド伯爵軍。
彼等がオッタマ帝国の軍と戦う中で、援軍の名目で介入したロシア軍は、そのままブラド領に居座って、その支配を狙う。
そのロシア軍を追い出すべく、真夜中の密談でブラド伯とオッタマの協力が成立すると、後退していたオッタマ軍が再び進軍を開始した。
ロシア軍イワン将軍が総司令官気取りで、ブラド伯軍含めた全軍を前に演説。
「我々ロシア・ブラド連合軍とおまけのタルタ海賊団はこれより迎撃のため発進する」
「俺たち、おまけかよ」と言って溜息をつくタルタ。
「助っ人に来た八人だもんな」
そう言って苦笑するエンリにブラド伯は「で、どうやってロシアを追い出しますか?」
するとニケは「決まってるじゃない。前を歩かせて後ろからズドン、よ」
そんなエンリたちを他所に、ロシアのイワン将軍は、全軍に向けて言った。
「では、我々は本体として、ブラド伯とエンリ王子たちは先方隊をお願いしたい」
「いや、その・・・」と慌てるブラド伯。
イワン将軍は「我々大軍、そちらは少数。何か文句ある?」
隊列を組んで城下を発進する。
「こっちが前を歩かされたんですけど」と困り顔のアーサー。
タルタが「まさか後ろからズドンとか無いよね?」
「いや、バンパイア隊を弱めた方が居座って支配するのに好都合とか、絶対考えてると思う」とエンリ。
「ってかロシア隊、進みが遅くない?」とニケ。
「俺たちだけに戦わせる気かな?」とカルロ。
するとブラド伯は「いや、むしろ好都合です」
ブラドは一人の人化蝙蝠をオッタマへ使いに出した。
前方にオッタマ軍を確認。
そしてブラド伯は全軍に指示を送った。
「とりあえず適当に鉄砲を撃ち合って、戦ってるポーズで時間を稼ぐぞ」
派手に両軍で鉄砲の音を響かせる中、はるか背後に居るロシア軍は高みの見物だ。
その間、オッタマの別動隊が迂回ルートを辿ってロシア軍の側面に回り込んだ。
そして盛大な奇襲をかけるオッタマ軍。その先頭に立つのはアラジンたち。
巨大なジンが、ロシア軍の陣地に乱入。空から魔法の絨毯に乗ったアリババが魔法攻撃。
イェニチェリ隊が二か所から突入しロシアの陣形を分断。
シンドバッド率いる暗殺教団のアサシンたちが攪乱して対応を封じる。
そして鉄砲歩兵の援護の元でファランクス隊がロシア軍の中枢に突撃。
そんなロシア軍の苦境を遠くから眺めて、ジロキチが「向うは派手にやってるね」
「こっちも片付けるとしますか」とブラド伯。
エンリは「リラ、やってくれ」
セイレーンボイスの歌が響き、オッタマ軍は全員睡魔に襲われて眠りに就き、ブラド軍によって捕縛されて捕虜になった。
ロシア軍は壊滅し、生き残った士官と兵は捕虜になった。
互いに捕虜を人質として和平交渉を行い、全員人質になって味方の足を引っ張った形のロシア軍は口出しできず、ブラド領の独立と中立化が認められた。
協定に調印し、契約の呪文により、和平は成った。
交渉を終え、ドラキュラ城で茶を飲みながら雑談するエンリとアラジン。
「占領していた領地を丸ごと返還とは、随分と気前がいいじゃないか」とエンリ。
アラジンは「こっちは南下してくるロシアとの戦いに手いっぱいだからな。奴等がブラド領を通れないのは助かる」
「ロシアとの戦場は東側の沿岸部だよね? 奴等はどこまで攻め取るつもりなんだろうな」
そう問うエンリにアラジンは「コンスタンティまで南下するつもりだよ」
エンリは「いやそれ、今の首都だろ。本気でオッタマを滅ぼすつもりかよ」
「ロシアは黒海を支配するつもりだよ。けど、首都の目の前の海峡を通らないと、黒海の外に出られないんだ」とアラジン。
そしてエンリは、予てからの懸案を持ち出した。
「ところで、このあたりの海岸に例の秘法がある筈なんだが」
「あの、全ての海を支配するっていう?」とアラジン。
エンリは「実は見つけたんだが、その片割れがあるんだ」
「それって実際何だったんだ?」
そう問うアラジンに、エンリは「世界地図だよ」
アラジンは言った。
「なるほどね。情報を集めてみるよ。その代わりに頼みがある。お前のドラゴンって魔法で操らなくても戦えるよな? ジンは強力だが、操る事に専念しなきゃならない」
エンリは「ドラゴンは元々知性があるからね。それに、人化の魔法をかけて従者になってる」
「その魔法、ジンにかけて貰う訳にはいかないかな?」とアラジン。
「どうかな、アーサー」とエンリは、隣に居る仲間に話を振る。
アーサーは「むしろ、その魔法を創作した人に頼んだらどうですかね」
「誰だよ」
そう問うアラジンにエンリは「ブラド伯爵だ」
ブラドにジンの人化について相談するアラジンとエンリ達。
「ジンが魔法による操作が必要なのは、知能が無いせいだろうね」とブラド。
「それって、人化しても駄目なんですか?」
そう問うアラジンにブラドは言った。
「人化は魔物が人間の身体を得る魔法だが、人間の身体には知能を宿す仕組みがある。頭に理性、胸に意思、腹に欲望。これが有機的に繋がって精神の元を形成するのさ」
「それじゃ、ジンが人間の身体を持つ事で知能を備えて自ら行動するって事も・・・」とアラジン。
ブラドは「後はどう育てるか・・・だろうね。やってみるかい?」
「頼みます」とアラジンは頭を下げた。
人化の魔道具を出すブラド伯爵。
それを見てエンリは「これ、アレを入れるんだよね?」
「アレって?」
そう怪訝顔をするアラジンにエンリは「もしかしてオカズが必要か?」
「オカズって?」とアラジン、更に怪訝顔。
エンリ、アラジンの耳元でひそひそ。
「えーーーーーーーーっ」
驚くアラジンにエンリは一冊の薄い本を渡して「秘蔵のお宝本だ。汚すなよ」
アラジンはいそいそと「じゃ、一人になれる所に」
そんなアラジンにブラドは「清潔な道具を使わないと病気になるぞ」
アラジンは顔を赤くして「いや、オナホは要らないから」
「俺がやってやる」
そう言って何やら道具を出すブラド。
アラジンは慌てて「いや、俺はホモじゃないから・・・って、それ、採血器?」
ブラドは相手の反応に戸惑いつつ「人化の魔道具に入れる血を採血するんだが」
エンリとアラジン、声を揃えて「入れるのは精液じゃなかったの?」
ブラド唖然、そして慌て顔で言った。
「いや、それでも出来るけどさ。そもそも俺バンパイアだし、バンパイアが創作する魔法で使うと言ったら血だろ」
エンリは「いや、血の場合は胸を刺して心臓から採るんじゃ・・・」
「それじゃ主が死ぬだろーが」とブラド伯爵。
「王子って毎回、人化でそんな事やってたの?」とアーサー。
エンリは慌て顔で「いや、アーサーだってアレって・・・」
アーサー、あきれ顔で「アレってそういう意味だったの? どうりで人魚姫連れてどこかにしけ込んでたと思ったら」
「解って無かったのかよ」と言ってエンリは溜息。
「ってか誰からそんな情報を?」とアーサー。
リラは顔を赤くして「マーリンさんですが」
「あの人の言う事、素直に信じちゃ駄目だよ」と言ってアーサーは溜息をついた。
エンリも溜息をついて「なるほど、アーサーはそんなふうにして女性不信になったのか」
アラジンはジンを召喚し、ブラド伯爵は人化の儀式を行った。
結びの呪文とともに、ジンは人化した。
ジンは太った、いかにも間抜けそうなオッサンとなって叫んだ。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン」
アラジン唖然。その場に居た一同唖然。
人化したジンはアラジンに言った。
「御主人様、何なりとご命令を、でおじゃる」
アラジンは頭痛顔で残念そうに言った。
「滅茶苦茶使えない奴になったような気がするんだが」
「元のジンに戻れば操作の呪文で元通り戦えると思う」とブラド伯は言った。
「意味無いじゃん」と言ってアラジンは溜息。
和平成立を祝ってドラキュラ城で宴会が開かれた。
エンリ王子たち、オッタマ帝国の大臣と将軍たち、そしてアラジンも客人として招かれた。
ご馳走を食べながらの歓談の中で、アラジンはブラド伯に言った。
「そういえば、以前の戦いで捕虜となったオッタマ兵が居ますよね? 同じ教えに準ずる同胞なので」
ブラドは「後ほどお返ししますよ」
「お願いします。しかし、料理もワインも絶品ですね」とアラジン。
エンリも「このチーズはコクがあって」
アーサーも「こちらのソーセージの芳醇なこと」
そしてアラジンは「この串焼き肉などは特に」
ブラド伯は嬉しそうに言った。
「解りますか? 実は東のミン国に絶品の料理があると聞いて、調べさせて、不完全ながら再現したのです」
「あそこの料理は、あらゆるものを食材として美味しく調理する技術を磨いてますからね」とエンリ王子。
「それで、何という料理なのですか?」
そう問うアラジンに、ブラド伯は自慢げに答えた。
「両脚羊と言います」
エンリ王子一行、それを聞いて唖然。
(それって人肉料理じゃないか)と脳内で叫ぶ彼等。
そして「すみませんトイレに」と言って彼等数人一斉に立ち上がってトイレに駆け込み、ゲーゲーやる。
そして彼等は一様に呟いた。
「生き血を、ってのは知ってたが、バンパイアって・・・」
「お前ら、大丈夫か?」
そう言いながら、アラジンがファフと一緒に心配そうに様子を見に来る。
「いや、大丈夫」と、エンリは落ち着きを取り戻しながら答えた。
「どうしたんだ?」
そう問うアラジンにエンリは「料理がちょっとな」
「あの両脚羊?」と不審顔のアラジン。
エンリは「いや、いいんだ。他種族の食習慣に口を出すものじゃ無いから」
その時、ファフが「人の肉って事だよね?」
「よせ、ファフ」
そう言って止めるエンリを他所に、ファフは言った。
「あのね、両脚羊って人間なんだって。二本足で歩く人間を羊に例えたの」
アラジン唖然。そして呟いた。
「そういう事かよ」
アラジンは思い出した。捕虜になったオッタマ兵を串刺しにしたという伝説を。
(肉にして串刺しにして焼いて敵に食わせるって訳か。最高の仕返しだな)
捕虜を返還すると言った伯爵の言葉を、アラジンは思い出す。
彼は、止めどなく沸き上がる怒りを感じながら、呟いた。
(返還とは肉にして食わせて返すって事かよ。そういえば捕虜は食料だと言ってた奴が居たっけ。あいつら、俺たちの仲間を冗談抜きで本当に殺して食肉かよ。絶対に許さん!)




