第114話 介入のロシア
エンリ王子たちが応援に駆け付けたルーマニアのブラド伯爵領で、ついに始まったオッタマ帝国軍との本格的な戦闘。
ブラド伯爵の魔法攻撃で被害を受けたオッタマ軍は、橋の向うに撤退し、しばらく両軍睨み合いが続く。
「王子、このまま膠着って不味いんじゃないでしょうか?」
そうアーサーに言われ、「そうだな」と頷くエンリ。
ブラド伯爵に進言するエンリ王子。
「ロシアが援軍と称して乗り込んで来ます。奴等はこの土地を自分たちのものにする気です。そうなる前に片をつける必要があるかと」
「何か策があるかね」
そう訊ねるブラド伯に作戦を提示するエンリ王子。
「峡谷の上流を迂回してはどうかと。ドラゴンを使って谷を渡るんです。人狼なら山中を自由自在に動けますよね?」
「解った。直ちに行動しよう」
その時、オッタマが軍を引き始めた。そして伝令の蝙蝠が来る。
「ロシア軍が援軍として向かって来ます」
その報告を横で聞いて、エンリは「厄介なのが来たなぁ」と呟く。
伝令の報告は更に続いた。
「それと、別の一隊がドラキュラ城の城下に進駐したとの知らせが」
ブラド伯、唖然顔で「何だと!」
アーサーは「略奪とかやってるよね」
「城に居るサリー姫とカブ公子は・・・」とエンリも心配そうに。
だがブラド伯は「あの二人なら大丈夫だよ。むしろ心配なのはロシア兵の方だ」
その頃、ドラキュラ城下を占領したロシア軍が市民に略奪を始めた。
そして、その一隊が城に侵入する。メイドや使用人は上の階に避難した。
ロシア兵たちが城兵たちの食堂に乗り込むと、そこにサリー姫が居た。
「招待した憶えは無いのだけれど」
そう言ってロシア兵を語気強く糺すサリー姫に、ロシア兵は「逆らうなら捕虜になって貰うぞ。ここを守る兵なんて居ないのは解ってるんだ」
「それはどうかしら」
そう言うと、サリー姫は魔法のスティックをとって呪文を唱える。
「城のみんなの明日を守る、机も椅子も踊り出す。マハリクマハリタ」
食堂の机や椅子が一斉に二本足で立ち上がり、ロシア兵たちに襲いかかった。
食糧庫に向かうロシア兵。その前の廊下にカブ公子が居た。
「おじさん達、鬼ごっこでもするかい?」
そう言ってロシア兵をからかうカブ公子に、ロシア兵は「逆らうなら捕虜になって貰うぞ」
「おじさんたちが逃げる役ね。鬼はおいらの友達さ」
そう言って、カブは魔法のスティックをとって呪文を唱える。
「ネズミが広める流行り病は、みんな仲間さ道連れさ。マハリクマハリタ」
ネズミが一人の兵に噛み付くと、噛み付かれた兵はネズミに変化した。
そして変化したネズミは他の兵に噛み付き、その兵もネズミに変化。
恐怖に顔を引きつらせるロシア兵に、カブは「ほらほら、逃げないとみんなネズミになっちゃうぞ」
ネズミに追われて逃げ惑う兵。城から逃げ出した兵たちを追ってネズミの大群が彼等に襲いかかる。
街で略奪をやっていた兵たちも巻き込んで大パニックに・・・。
それを城の窓から見て大笑いのカブ。
「見てよ、お姉ちゃん。大威張りで略奪やってたロシア兵の奴等、青くなって逃げ回ってるよ」
「それはいいけど、あのネズミたち、まさか街の人たちまで襲ったりしないわよね?」と、あきれ顔のサリー姫。
「あ・・・」
「どうなの?」
そう追求する姉に、カブは「多分しないと思う。しないんじゃないかなぁ」
「来なさい。魔法の上書きよ」
そう言ってサリー姫は飛行魔道具の箒に乗ると、カブの首根っこを掴んでお城の窓から空へ飛んだ。
そして大混乱になっている街の上空で、魔法のスティックをとって呪文を唱える。
「ネズミはみんなの明日とともに、北の賊等を追い払う。マハリクマハリタ」
ネズミになっていた住民は人に戻る。
街の中央広場にある駐留軍の司令部のテント。押し寄せるネズミの群れに魔導士が炎の波濤で必死に防戦。
「ネズミ化の魔法で抵抗とは」
そう怒り声で呟く司令官に、部下はうろたえ顔で「どうしますか?」
「住民ごと焼き払ってしまえ。我等ロシア帝国に逆らった報いだ」と司令官は怒鳴り散らす。
部下は「ネズミは我等の兵ですよ」
「あれは反乱だ」と司令官。
「だってさ」
そう、盗聴の魔法で聞いた司令部での会話を姉に伝えるカブ公子。
「許せないわ」
そう、怖い顔で言う姉にカブは「向うにも魔導士が居るけど」
「彼等は正面のネズミに手いっぱいよ」
そう言うとサリー姫は、見つからないよう低空を飛んで司令部の背後に回り込む、そして司令部と周囲の家にある机と椅子に魔法をかけた。
サリー姫が指揮する机と椅子の軍団によって街を占領したロシア兵を追い出した。
ブラド軍の元にロシア軍の本隊が到着。
司令官のイワン将軍がブラド伯爵に面会を求めた。
そしてイワン将軍はブラドに言った。
「我々が異教徒オッタマの脅威から、あなたの領地を保護しますのでご安心を。ところで先ほど知らせを受けたのですが、城下で保護下にあった民衆がオッタマと結託して反乱を起こし、わが軍は被害を受けました。どう責任を取るおつもりか」
そんなロシア側の主張を聞いたエンリは、あきれ顔で「そう来たか」と呟いた。
ドラキュラ城下に戻る。
市街に入る城門を遠巻きにするロシア兵たちは、略奪をやらかして城から追い出された奴等だ。
ブラド軍が入城すると、市民たちは安堵の表情で言った。
「王様の帰還だ。これでやっと安心できる」
続いてロシア軍の本隊が入城。市民たちの視線が痛い。
ブラドは城に入ると、使用人たちとともにサリー姫とカブ公子に話を聞く。
そして「つまりロシア兵が略奪を働き、城に押し入ったので魔法で撃退したと・・・」
二人の子供を連れてロシア軍の本営テントへ赴くブラド伯。
エンリたちも同行した。
証言を突き付けられたイワン将軍は居直った。
「言い掛かりだ。我々は略奪などしていない。むしろ破壊工作を受けた」
「破壊工作って、どんな?」とブラド伯。
「卵をぶつけられた」
そう答えるロシア側に、エンリは「それは破壊工作と言わないと思うが」
「どこで?」
そう問うブラド伯に、ロシア側は「通りの肉屋の前だ」
肉屋が証言する。
「鶏肉と卵を略奪されました」
「ぶつけたんじゃなくて?」とエンリが確認。
「捏造だ」と言い張るロシア側。
ブラド伯は「市民たちがみんな証言していますが」
イワン将軍は「あなた方はそう認識すればいい。私はそうは認識しない」
「どこかで聞いたようなやり取りだが」と呟くアーサー。
エンリは苦笑して言った。
「認識って、嘘を認識して思い込んでも認識だからね」
「正しい歴史認識(笑)とか、認識の伝道者(呆)とか」とニケも苦笑。
押し問答が続く中、カブ公子が口を挟んだ。
「略奪やらかした当事者に証言させるってのはどうかな?」
カブはスティッキを一振りすると、ネズミがロシア兵に戻る。
そして、そのロシア兵に「何をやったか正直に言ってよ」
ロシア兵は涙目で証言。
「略奪していいって言われて調子に乗って城に押し入りました。ごめんなさいもうしません。ネズミは勘弁して」
カブはイワン将軍に「信用できないなら他の奴にも聞くけど」
その時、一人のロシア兵が旗を持ってテントの奥から出て来る。
そして「オッタマ軍の新月旗です。暴動のあった跡で拾いました。暴動者たちが敵と内通した証拠です」
エンリは旗を見て言った。
「その旗、左右反対ですよ」
ロシア兵は「え?・・・。確認して来ます」
そう言って旗を持ってテントの奥に入るロシア兵。エンリ王子とアーサーがその後をついテントの奥へ。
「ここからは同盟軍でも立ち入り禁止・・・」
そう言って制止しようとしたロシア兵にアーサーはスリープの魔法をかけ、エンリ王子は仕切りの奥に乗り込むと・・・。
テントの奥ではロシア兵たちがオッタマの旗を作っていた。
「偽旗ですね?」
そう指摘されてロシア軍開き直る。
「戦場での略奪はどこでもやってる常識です」
「それは違う」
そう言って、神学者然とした男性がブラド伯爵の部下に案内されてテントに入って来た。
そして彼は言った。
「略奪はかつては抵抗した敵の都市を攻め落とした時のペナルティでした。ばら戦争ではロンドンで行われましたが、あれはマーガレット妃が援軍に来たスコットランド兵に対して、戦費負担の代わりに認めたものです。味方の都市に対して勝手に行って良いものではありません。そうした、国家間で積み上げた慣習や、合意による条約を"国際法"として遵守するのは、紛争当事者としての常識であり義務です」
イワン将軍は反論のつもりで傲然と言った。
「それは無秩序な争いから守られる小国のためのもので。大国であるロシアに、そんなものは不要だ」
男性は毅然と反論する。
「国際法は恣意的暴力から小国を含む全ての国と市民を守るものです。たとえ小国であっても義務を果たさない国はあり、大国であってもその被害を受けます。それに対する無秩序な報復は人道に反するとして批判される。だから、たとえ報復も秩序を守った国際法に従う。ルール無視の無法者国家は世界から批判を受け、信用を失い、多くの国を敵に回して孤立し、結束した列国により制裁を受ける。その制裁に参加する事もまた、自国がルール破りの被害を受けないための義務です。大国でもそこから逃れる事は出来ない。国内と同様に国際社会でも、究極において法の支配は絶対でなくてはならないのです」
そんな男性にイワン将軍は「お前は誰だ?」
「通りすがりの神学者です」と男性は答えた。
だが、エンリ王子は彼に見覚えがあった。
そしてエンリは言った。
「あなたはオランダのグロティウスさんですよね?」
「いや、人違いでは」と慌てるグロティウス。
だがエンリは「スパニア内戦の時にも国際法理念を唱えて活躍しましたよね。あの時お世話になったポルタのエンリです。スパニア皇帝の依頼で来たのですか?」
イワン将軍は、我が意を得たりと言わんばかりの得意顔で言う。
「グロティウスさん。あなたはオランダのジュネーブ派教会で吊し上げを受けて投獄されていた脱獄囚ですね?」
エンリは「そうなの?」
残念な空気が漂う。
エンリ、困り顔で「もしかして俺、やっちゃった?」
アーサーは頭痛顔でエンリに「味方の正体バラしちゃ駄目ですよ」
「グロティウスさん。あなたを逮捕してオランダに引き渡します」とイワン将軍。
エンリは慌てて「待って下さい。これは国内法の問題であり、信仰の自由のある国では亡命者として保護の対象ですよ」
イワン将軍は「ここの宗派はルーマニア正教で、信仰の自由は無い筈ですが」
ブラド伯が言った。
「いえ、たった今領主である私が、スパニア国教会に改宗しました」
「改宗先は受け入れたのですか?」とイワン将軍。
エンリ王子が言った。
「たった今受け入れました。私はスパニア国教会の首長です」
エンリの仲間たちはあきれ顔で(いい加減過ぎだろ)
ロシアは言い掛かりを引っ込めた。だが、なおもブラド領に居座り続けた。
真夜中、城の客間で寝ていたエンリは急用でおこされた。
「来客なので応接間に来て欲しいと」と城の使用人。
「来客って誰だ?」
そう言いながら、アーサーとともに応接間に向かうエンリ。
応接間にブラド伯爵とグロティウスも居る。
そして、いかにもアラビア人といった服装の客人を見て、エンリは言った。
「お前、アラジンだな?」
アラジンは「オッタマ軍から和平協定の交渉を任された。占領地を返してブラド領の独立を認め、以降オッタマは手出しをしない」
「そちらの条件は?」とエンリ。
「ブラド領は中立を守り、ロシアと組む事はしない。そして、居座っているロシアを協力して追い出す」とアラジン。
「ブラド伯としてはどうですか?」
そうエンリに問われ、ブラド伯は言った。
「こちらとしては願っても無い事だ。だが、ドイツ皇帝が黙っていないだろうな」
エンリは通話の魔道具でイザベラに相談する。
イザベラは「確実に難癖つけて来るでしょうね」
「けど、逆にオッタマはブラド領を通れないんだよ」とエンリ。
「オッタマはユーロ共通の脅威であり、唯一神信仰の地を取り戻す大義名分があるって言うわよ」とイザベラ。
エンリは「戦争はハンガリー方面でやれって話だろ。そもそも今回の戦いでロシアは援軍を出したのにドイツ皇帝は何もしなかった。文句を言う資格はあるのか?・・・って話になるんじゃないのか?」
隣で聞いていたアーサーが「いや王子、それはちょっと」
だが、イザベラは言った。
「いや、有効だと思うわよ。実はテレジア女帝が軍を出せなかったのは、皇帝の勢力を削りたいプロイセンのフリードリヒが背後に軍をちらつかせて牽制したからなの。ロシアでは今、皇太子を中心とした国力強化運動が始まっているわ。海上進出を狙ってね」
「ロシアは陸上で旧大陸北部を横断した交易ルートがあるだろ」とエンリ。
「陸上輸送だけだと効率が悪いのよ。オッタマの国力は衰退期が始っているわ。その地盤をロシアが奪って世界の主導権を握ろうっていう野望があるのよ」とイザベラ。
エンリは溜息をついて、言った。
「あの国じゃ政治は皇帝の恐怖政治で、農民は未だに奴隷だ。あんなのが世界の覇権を握るとか願い下げだよ」




