第111話 船上のリベンジ
ドレイク艦隊の船を一掃し、アーサーの奇策でクラーケンを倒したエンリ王子たちに、ついにドレイク号が追いついた。
アーサーを乗せたファフのドラゴンがドレイク号と戦う。
ドレイクの部下の魔導士が防御魔法でドラゴンの炎を防ぎ、アーサーと攻撃魔法の応酬を演じる様子はエンリたちにも見えた。
「俺たちも加勢しよう」
そう言うエンリにニケが望遠鏡でドレイク号を見ながら「ってか、提督たちが持ち出してきたあれ、投石器よね」
甲板に大型の機械を引っ張り出しているドレイクの部下たち。
「大砲があるのに、あんなものを・・・」とジロキチ。
「石でも飛ばす気かな?」とタルタ。
だが、望遠鏡でドレイク号の様子を見たエンリは言った。
「違うぞ。投石器に乗せてるあれ、ドレイク提督本人だ」
投石器に飛ばされたドレイクは綺麗な弧を描いて宙を舞い、真っ直ぐエンリたちの船へ。
更に彼の部下たちが次々に投石器で宙を舞う。
長大な斧を持ってドレイクは、地響きをたてて船中央付近の甲板に着地すると、斧を振り上げて甲板を一撃し大穴を開けた。
次々に船に降り立った彼の部下たちが、その大穴に飛び込み、銀のコンテナのある船蔵を目指す。
彼等を追って船内に飛び込むジロキチ、カルロ、そしてエンリ王子。
甲板に立つドレイク提督に、船首に居たタルタが斧と短刀を持って向き合う。
「リベンジ、付き合って貰えますか?」とタルタ。
「拳オンリーは止めたか?」とドレイク。
タルタは「あんたが相手であれは無いですよね」
ドレイクは楽しそうに言った。
「やっと本気で俺を殺しに来るか」
タルタは「海賊がやり合うって、そういう事ですよね」
「そうでなくっちゃ」とドレイク。
タルタが斧を投げ、それをドレイクが大斧で弾いた瞬間、タルタは刃を構えて鋼鉄の砲弾となって飛んだ。
ドレイクは本能的にそれを避ける。
タルタはドレイクの横をすり抜けて、鉄化を解いて彼の背後にあるマストに右手をかけた。
その勢いにマストが推され、後側にかかった力で船は大きく後ろに傾き、ドレイクは体勢を崩した。
タルタの体は右手が掴んだマストを中心に一回転。そしてドレイクに向けて投げ出される。
(これならやれる)とタルタの中の何かが叫ぶ。
飛びながら甲板を蹴って加速をつけ、再びドレイクに向けて鋼鉄の砲弾となって彼の居る場所に飛んだ。
体制を崩したままこれを喰らったドレイクは、成す術無く吹っ飛ばされ、海へと放り出される、その瞬間に彼は自分を見るタルタに向けて右手の親指を立ててニヤリと笑い、そのまま波間へ消えた。
甲板に空いた大穴から船内に侵入した海賊たちを追い、廊下を走るエンリ王子。
「王子、炎は火事になるから」
そう叫ぶカルロにエンリは「解ってる」
風の魔剣を抜いて海賊たちと切り結ぶエンリ。高速で剣を打ち込む海賊を相手にエンリは呟いた。
「炎はエネルギーだからパワーが増す。だったら風は何だろう」
エンリは念じた。
「俺は風。全てを吹き飛ばす嵐の烈風」
激しい暴風をイメージする。天空を一瞬で翔る大気の流れ。
彼は体の軽さを感じた。
「何だろう。火がエネルギーだというなら、風は素早さか」
エンリは念じた。
「俺は風。疾風となって空へ広がる自分」
遠くへ一瞬で手が届く。世界がゆっくりに感じる。目で追う事も出来なかった敵の動きについていける。
呪句がひとりでに口から洩れる。
「我、我が風の剣とひとつながりの宇宙なり。烈風あれ!」
こいつの剣はここに来る。ここに隙が出来る。そう思う前に体が動く。
素早さを増す風の剣は次々に海賊を倒した。
仲間たちとともに荷物のある船蔵に辿り着いた時、エンリは茫然と立ち尽くす海賊たちを見た。
銀の入ったコンテナが無い。
船蔵に駆け付ける敵も味方も唖然。
そして誰もが叫んだ。
「何じゃこりゃーーーーー!」
ドレイクたちが引き上げると、エンリはニケに問うた。
「ニケさん、積荷の銀はどうしたのかな?」
「何の事かなぁ」と、とぼけるニケ。
「ドレイクが船蔵まで来ちゃうのを予想して隠したとか?」
そうエンリに問われて「何の事かなぁ?」と、とぼけるニケ。
「本気でくすねる気じゃないよね?」
そうエンリに問われて「何の事かなぁ?」と、とぼけるニケ。
その時カルロが二人の居る部屋に駆け込んで「ありました。ヴェルダの港の倉庫の預かり証」
ニケは目を吊り上げてカルロに怒鳴る。
「カルロ、返してよ。私のお金」
エンリは溜息をついて「ニケさん?!」
「私のお金」と、物欲しそうな目で訴えるニケ。
そんなニケにエンリは「窃盗行為が出来なくなる呪い、かけたよね?」
「・・・」
エンリは「契約精霊が窃盗行為と認定すると、大変な事になるんだけど」
「・・・」
そしてエンリは再度、ニケに確認する。
「ドレイクが船蔵まで来ちゃうのを予想して隠したんだよね?」
岩礁海域の水路を、リラの人魚の水先案内でヴェルダの港に戻るエンリたちの船。
そして港の管理人に預かり証を確認。
「この倉庫だな」
そう言って、倉庫の扉を開ける。中に大きな木のコンテナ。
アーサーが「あれが銀のコンテナですね」
ニケが「私のお金」
「まだ言ってる」と言って溜息をつくジロキチ。
エンリは号令した。
「とにかくこれを急いで船に積むぞ。ファフ」
「了解」
そう言ってファフはドラゴンに変身し、コンテナを運ぼうと、それに手をかけた時、海岸を見ていたリラが叫んだ。
「王子様、海賊船が着ます」
沖合から真っ直ぐ港を目指すドレイク号が見えた。
「ドレイク提督。ここを嗅ぎ付けたのかよ」とジロキチ。
タルタが「ニケさんがくすねたんだろうって、みんな考える事は一緒だな」
「私を何だと思ってるのよ」とニケは言って口を尖らせた。
「とにかく急いで荷物を積んで出航だ」とエンリが号令。
その時、ドレイク号の投石器が再び提督を射出した。
地響きを立てて海岸に着地するドレイク提督。次々に部下たちも投石器で砂浜に舞い降りる。
そして浜に立ってドレイクは「そいつは渡して貰う」
「そうはいくか」とエンリ王子。
乱戦が始まる。
コンテナの前にファフのドラゴンが立って、炎を吐く。
その炎を掻い潜って海賊たちが迫る。
タルタがドレイクに向けて鋼鉄の砲弾となって跳躍し、それを斧で弾き返すドレイク。
弾き返されたタルタはコンテナに激突し、角の部分を破損した。
コンテナの中にはぎっしりと布の袋。
「何だこりゃ」
そう言ってタルタが袋を開けると白い粉。それを摘んで甞めてみて、タルタは言った。
「これ、砂糖だよね」
全員唖然。
アーサーが残念そうな顔で「ま・・・まあ、砂糖ってのはアラビア商人が南海貿易でもたらした貴重品で、一グラムの砂糖は一グラムの金と交換されるって事で、白い黄金と・・・」
カルロが残念そうな顔で「それが西方大陸に持ち込まれて大々的に栽培された大事な交易品として・・・」
「そういうフォローは要らないから」と残念そうに溜息をつくエンリ。
タルタが残念そうな顔で「要するに俺たちも囮・・・」
「皆まで言うな。胃が痛くなる」と、頭を抱えるエンリ。
ニケが「じゃ、本物の銀は?」
カルロは「別の船がとっくに持ち帰ってるだろうね」
「そんなのアリかよ」と仲間たちは口を揃えて叫んだ。
そんなエンリたちを気の毒そうな目で見て、ドレイク提督は言った。
「お前らって意外と信頼されて無いのな」
高笑いしているイザベラを思い浮かべてエンリは言った。
「あの人が信頼してるのは自分自身だけだと思うよ」
その頃、ヴェルダ岬沖の海上では、多数のボートに乗った海賊たちが途方に暮れていた。
全員困り顔でドレイク号が去った方角を眺め、そして口々に言う。
「日が暮れるね」
「腹減った」
「まさか提督、俺たちの事、忘れてないよね」
ドレイクは引き上げ、エンリたちは破損したコンテナを回収してスパニアに帰還した。
港で航海局に砂糖のコンテナを引き渡す。
「銀船隊の輸送を依頼されたタルタ海賊団です。ご注文通り輸送した、"お砂糖"の荷物を引き渡します」
そう言いながら、苛立ちと作り笑顔の混じった表情を見せるエンリ王子に、係員は「ご苦労様です」
「これが"お砂糖"の貨物です」
そう言いながら、精一杯の皮肉顔を見せるエンリ王子に、係員は「ご苦労様です」
「では"お砂糖"を確かに」
そう言いながら、こめかみをヒクヒクさせるエンリ王子に、係員は「ご苦労様です」
「何か俺らに言う事無いの?」
溜息をつきながら、そう言うエンリ王子に、係員は満面の笑顔で言った。
「囮のお役目、御苦労様です」
手続きを終えたエンリたちは、首都に入り、王宮へ。
エンリ王子は足音を荒げてイザベラの部屋へ・・・。
王宮の廊下を歩きながらエンリは呟く。
「あの女、今度という今度は・・・」
「おいイザベラ、俺に何か言う事が・・・・」
そう怒鳴って部屋のドアを開けたエンリは、イザベラが生まれたばかりの赤ん坊を抱いているのを見た。
そして「お帰りなさい、我が夫」
「その子は?・・・」
そう唖然顔で問うエンリに、イザベラは幸せそうな笑顔で「産まれたの。あなたの子供。男の子よ」
「でかした、イザベラ」
それまでの憤懣は跡形も無く消え去り、エンリは零れんばかりの笑顔で満たされた父親の顔に・・・。
「おめでとうございます。エンリ様、イザベラ様」とリラも嬉しそうに・・・。
「あなたも喜んでくれるの?」
そう問いかけたイザベラにリラは「もちろんです」
「いい子ね」
そう言ってイザベラは赤ん坊をエンリに差し出して言った。
「さあ、王子。抱いてあげて」
赤ん坊を抱くエンリは満面の笑顔で言った。
「赤ん坊ってこんなに小さかったんだ。目がくりっとして、髪がふわふわで。可愛いよぉ。お持ち帰りぃ」
「それ、私のよ」とイザベラ。
「俺のものでもあるぞ」とエンリ。
「それで、この子の名前を」
そうイザベラに言われてエンリは暫し考え、そして言った。
「そうだな。フェリペと名付けよう」
イザベラは満面の母親の笑顔で、愛しそうに自らの腕の中の赤ん坊に語りかけた。
「フェリペ皇太子。私がみっちり陰謀学を仕込んであげるわ」
そんな彼等を部屋の入口で眺めて、タルタは言った。
「女って怖いな」
カルロは「そこがいいんじゃん」
「けどさ結局、どんな事やっても、全部アレでチャラになるんだぜ」とタルタ。
カルロは「そこがいいんじゃん」
この時生まれた皇子、後のスパニア皇帝フェリペが帝位を継いだ頃、イギリスでは女王としてエリザベスが君臨していた。
そして二人はやがて其々その策謀をもって勢力を広げ、ユーロを二分する最大のライバルとなる。
その頃、スパニア航海局では、エンリたちが持ち帰った砂糖のコンテナを開封していた。
「コンテナは破損していますが、中の荷物は無事です」
そう報告する職員に、局長は号令した。
「すぐに回収しよう」
袋は逆さまに開けられ、中の砂糖は容器に移される。
そしてその中からドサリと、いくつもの銀の延べ棒が容器に落ちた。




