第110話 岩礁の追撃
銀船隊の仕事を請け負ってドレイクの私掠船と戦い、傷ついたファフを癒すため、南方大陸のベルベド老人を頼ったエンリ王子。
そこを発って、南方大陸西岸を北上したエンリ王子と仲間たちは、ヴェルダ岬沖で待ち伏せるドレイク艦隊の存在を知った。
仲間たちと作戦会議。
ニケは「岬の沖合までは岩礁海域だから、迂回して沖合を通るしか無いわよね」
「突破するんですか?」と心配そうに言うアーサー。
タルタは「やれる自信はある。お前等もそうだろ?」とアーサーに・・・。
「けどなぁ」とアーサー。
エンリは言った。
「いや、やれると思う。けど、突っ込むだけが能じゃないよな。何か手があれば」
「王子に秘策でもあるの?」とカルロ。
エンリは「ここは海で、水の世界だよな。けど、その底は大地の世界だ。岩礁の合間を縫って進めば奴等を出し抜ける」
「水先案内でも使うの? けど、ここに安全な通路なんて無いわよ」とニケ。
するとエンリは「無いなら作ればいい。大地の魔剣は大地と融合し大地を操る事で、地形を変える事は出来る筈だ」
ボートで岩礁地帯に入るエンリ、アーサー、リラ、ニケ。
ニケが港の住民から受け取った岩礁海域の図面を見る。
そして、海面に突き出た岩礁を指して「ここから真っ直ぐ北に向けて線引きする所が一番効率的よ」
エンリはその岩礁の上に立つと、そこに大地の魔剣を突き立て、呪句を唱えた。
「我が大地の剣よ。ミクロなる汝、母にしてマクロなる大地と繋がりて、ひとつながりの我が剣たれ。汝と共に群れたる巌のせめぎし狭間。陥没あれ」
激しい揺れと共に海面が波立つ。
南から北に向かう細長い海域が轟音とともに激しく泡立ち、そのエリアに頭を出していた岩礁がゆっくり沈んだ。
魔剣を突き立てたエンリとともに。
リラが心配顔で「あの、王子様?・・・」
やがてエンリが海面に顔を出す。
そして「プハー。あー苦しかった」
「魔剣は?」
そう問うアーサーにエンリは「岩礁と一緒に沈降して海の底。アーサー、岩盤から引き抜く儀式を頼む」
アーサーは困り顔でエンリに言った。
「こうなる事、予想してませんでしたよね?」
剣を引き抜く儀式を終えて魔剣を回収すると、船は出航した。
岩礁海域に差し掛かると、ニケは言った。
「通路になるように、細長い海域を陥没させて、安全に通れる水路にしたと言っても、水路を逸れたら岩礁にぶつかって座礁するからね」
「難しいの?」
そう問うエンリにニケは「水先案内が必要だけど、どこを陥没させたか正確に覚えてるのよね?」
「そう言われても」と困り顔のエンリ。
するとリラが「私が水先案内します」
人魚姫が人魚の姿で海中を泳いで陥没エリアを確認し、それに先導されて船は進む。
その頃、岩礁海域沖合のドレイク艦隊では・・・。
海上で遭遇した地震の揺れが収まると、海賊たちがあれこれ言い出す。
「さっきの揺れは何だったんだ?」
「陸地の方だったよね?」
「地震でも起きたのかな? 津波が来るかも知れん」
そんな部下たちに、ドレイク提督は「いや、あの揺れはどうも変だ。けど、どこかで・・・」
スパニア内乱の時の事を思い出すドレイク。エンリが大地の魔剣で地震を起こし、シチリア騎士団のボエモンとロンギヌスの聖槍を地割れに沈めた、あの時の・・・。
「思い出した。あの地震はエンリ王子が大地の魔剣で起こしたんだ」
そう叫ぶドレイクに、部下の海賊たちの間に緊張が走る。
「俺たちを津波で一網打尽にする気だ。津波に備えろ!」
しばらくの間、警戒態勢が続くが・・・。
「津波、来ないですね」
「失敗したんだ。あははははは」
そんな部下たちの能天気な笑い声を聞きながら、ドレイクの脳に疑問の声が駆け巡る。
そして彼の思考が一つの結論を導いた。
「いや、違うだろ。岩礁海域を陥没させて船の通り道を作ったんだよ」
残念な空気の中、ドレイクは部下たちと顔を見合わせる。
そして・・・。
「出し抜かれた。速攻で追うぞ」とドレイクは号令する。
部下の一人が「追い付けますかね?」
ドレイク号の航海士は言った。
「ドレイク号は船足が速いですよ。駆けっこなら負けません」
「その台詞、オッサンが言うと何故か気持ち悪く聞こえるんだが、何故だろう」と別の部下。
更に別の部下が「それと、艦隊の奴等がついて来れないですよ」
ドレイクは言った。
「後から追い付けばいい。それまで俺たちで足止めするぞ」
その頃、エンリの船では、陥没海域を抜けようとしていた。
「このまま逃げ切れますかね?」とカルロ。
「いや、あの地震で気付いたと思う」とエンリ。
「陥没海域の通路を作ったと?」
そう問うアーサーにエンリは「多分な。泡食って追ってきてると思うぞ」
タルタは「ドレイク号は早いぞ。多分追い付かれると思う」
「前みたいにファフで牽引するとか」とジロキチ。
「スパニアまでは無理だな。それにドレイク号は速いとしても艦隊は遅れるだろうね」とエンリ。
カルロが「提督の船を沈めてからやっつけるか?」
「そう簡単にはいかないだろうな。多分、戦ってる途中で艦隊が追いつく」とタルタ。
するとエンリが言った。
「だったら艦隊の方を先に片付けたらどうよ。迂回して奇襲を仕掛けるのさ」
「そこまでならファフ、引っ張れるよ」とファフが言った。
ニケが海図を出して航路を計算する。
「このあたりが岩礁海域だから、待ち伏せしていたのはここね。提督はこのルートで進んでる筈で、多分今はこのあたり。船足の遅い艦隊はこのあたりに居ると思うわよ。だから、このルートで迂回すれば提督に気付かれずに接近できるわ」
エンリたちの船をファフのドラゴンが牽引して、迂回ルートを進んだ。
行く手にドレイク配下の数十隻の海賊船隊が密集体形を組んでいる。エンリの船を発見して砲撃。
船を飛び立つファフの背中にエンリ王子とアーサー、そしてリラ。
艦隊に近付くと人魚になったリラが爆雷を背負って海中へ。海賊船の底を次々爆破する。
アーサーは防御魔法で砲弾を防ぎ、アァフの炎とエンリの巨人剣で敵船を次々に撃破。
エンリの船からはニケが大砲で敵船を狙い、タルタの鋼鉄砲弾が・・・。
先行していたドレイク号に通話の魔道具で艦隊からSOS。
「提督、奴等の奇襲を受けています。至急救援を」
ドレイク唖然。
そしてドレイク号の部下たちに号令。
「あいつ等、艦隊の方を先に襲いやがった。引き返すぞ!」
ドレイク号が現場に到着した時、艦隊は全滅していた。
海上には多数の救命ボートに乗った海賊たち。
ドレイクはあきれ顔で船縁に立ち、海面のボート上の部下たちに「もう全滅したのかよ」
「ドラゴンが居るなんて反則ですよ」とボートの上の部下たち。
「奴等は?」
そう問うドレイクにボート上の部下は「行っちゃいました」
「追いかけましょう」ドレイク号の部下。
「俺たちどうするんですか?」とボート上の部下たち。
ドレイクは救命ボートの部下たちに「奴等をやっつけたら戻って来る。それまで待ってろ」
「そんなぁ」
エンリたちの船では・・・。
タルタは指をポキポキ鳴らしながら南西の方角を眺めて言った。
「そろそろドレイク号が追いつく頃かな?」
ファフは「クラーケン、また来るかな?」
「多分ね」とエンリ。
するとアーサーが「俺に考えがある」
「奴を倒す方法?」とエンリ。
するとファフが身を乗り出して「だったらファフが向うの船を襲ってイカさん引っ張り出して叩く」
ニケが「巨大モンスターから先に叩くのって・・・」
「モンスター戦で勝つ見込みがあるなら、それで先手を打てる」とエンリ。
「けど、向こうはクラーケンが有利だと思ってますよね?」とリラ。
「だとしたら・・・」と言って仲間たちは顔を見合わせる。
そして「先に向うがモンスター戦仕掛けて来るって事に・・・」
その時、船に激しい衝撃。そして船側に巨大な触手が立ち上る。
それを見てエンリが叫んだ。
「クラーケンだ。向うがモンスター戦仕掛けて来やがった」
アーサーが叫んだ。
「ファフ、俺を乗せて飛んでくれ」
「了解」
そう言ってドラゴンとなったファフが、アーサーを乗せてクラーケンの近くの海面に着水する。
クラーケンが触手を伸ばすとファフは少し離れて距離をとる。誘い出されてクラーケンは船を離れ、ドラゴンを追う。
アーサーは呟く。
「さあ来い、こっちだ」
アーサーの指示でファフはクラーケンを船から離れた所に誘導すると、翼を広げて離水した。
空中に居るドラゴンに触手を伸ばすクラーケン。ドラゴンは炎を吐く。
ファフの頭上でアーサーは光の呪文を唱えて、クラーケンの周囲の海中に障壁を巡らし、周囲の海水との間にバリアを張って完全に遮断した。
そして「今だ。ファフ、やってえしまえ」
「了解」
周囲の海水から切り離されたクラーケンの居る海面に向けて、ファフは盛大に炎を吐いた。
クラーケンの周囲の海水温がたちまち上昇し、沸騰する。暴れるクラーケン。
やがて綺麗に茹で上がった巨大イカが海面に浮上した。
それを見てファフは「美味しそう。あれ食べていい?」
アーサーは「戦闘が片付いたらな。もうすぐ提督の船が来る」
その時、ファフの脇を砲弾がかすめた。
向うから全力で向かって来るドレイク号。
船の上のドレイクと部下たちの視界が、エンリの船とドラゴンを捉えていた。
「あいつ等、クラーケンをやりやがった」とドレイクは忌々しげに呟く。
部下たちは心配顔で「ドラゴン、来ちゃいますよ」
ドレイクは号令した。
「大砲と魔法で応戦しろ。俺たちは速攻で奴等の船を乗っ取る」




