第109話 南方の預言者
二度目の銀船隊。
西方大陸南端の戦いで破損した船をガレゴスの港で修理したエンリ王子の船。ファフはクラーケンの毒にやられて戦闘不能。
そして港を出た所で待ち伏せていた、霧の海でのドレイク海賊団の襲撃。
これを凌いだエンリ王子たちは、急いで戦場海域を離脱した。
「西方大陸東岸を北上してスパニアに向かいましょう」
そう焦り顔で進言するアーサーに、エンリは言った。
「いや、海を東に渡って南方大陸へ行く」
「ケープの港に?」とアーサー。
するとニケがいきなりテンションを上げて「金ね? 金を掘りに行くのよね?」
エンリはあきれ顔で「あそこは現地人との協定で内陸には手を出さない事になってるだろ」
「ちょっとくらいいいじゃない。減るもんじゃなし」とニケは目に$マークを浮かべてエンリに迫る。
「いや、減るから」と溜息をつくエンリ。
「とにかくケープの港に行って一息つくんだよね?」とジロキチ。
「いや、港には行かない。ドレイクの息のかかった海賊から情報が洩れる」とエンリ。
アーサーが"気付いた"・・・といった声で叫んだ。
「ズールーのベルベド爺さんですね?」
エンリは辛そうにしているファフの頭を撫でながら「彼ならきっとファフを助けてくれる」
ケープの港の西、断崖に囲まれた入り江に船を停泊させる。
ニケはなおテンションMAXで「金は現地人の物よね? その現地人の所に行くって事は、金にありつけるって事よね?」
そんな彼女を見て、エンリは「カルロとニケさん、船の留守番お願い」
「何でよ」と憮然顔のニケ。
エンリは「カルロ、ニケさんが悪さしないように、監督頼む」
「任せて下さい」とカルロ。
ニケは「悪さって何よ。私を何だと思ってるのよ」
二人を船に置いて、残り全員でベルベドの居る現地人の村へ向かう。
辛そうなファフを抱えて歩くタルタ。
村の入口で現地人の門番が彼等を見て、言った。
「お前ら、ユーロの民だな?」
「預言者のベルベドに会いに来た。ポルタのエンリ王子だ」
そう言うエンリに門番は「金を盗みに来たのではあるまいな」
エンリは溜息をつくと「俺はあの協定を実現した当事者だ」
「実は金鉱掘りの現場に潜入して金を盗もうとした者を捕まえたんだが」と門番。
「まさか」と仲間たちは顔を見合わせる。
縛られて現地人に引き立てられてきたニケに、エンリはあきれ顔で言った。
「ニケさん、何やってるの?」
「国際親善よ。ポルタとズールー、二つの民の永遠の友情を」と、しれっと言うニケ。
「カルロはどうしたの?」
そう問うエンリに、ニケは涙目で「日頃の激務の疲れで眠ってるわ。王子は人使い荒過ぎよ。可哀想なカルロ。大概にしないと彼、過労死するわよ」
「睡眠薬盛った訳ね」
そう言ってエンリは溜息をつくと「ジロキチ、船に連行して監督してくれ」
縛られたままジロキチに担ぎ上げられて船に連行されながら、ニケは叫んだ。
「ちょっとくらいいいじゃない! 私のお金ーーーーーーーーーー」
現地人の村に入る。
草ぶき屋根の建物が並ぶ中、大型の建物の入口に丸太を刻んだ怪異な像。
彼等を案内した門番が、建物の中に呼び掛けた。
「指導者ベルベド、エンリという人が・・・」
「お待ちしていました。ドラゴンの少女が倒れたのですね?」
そう言いながら建物から出て来たベルベドに、エンリは頭を下げて、言った。
「助けて貰えますか?」
ベルベドはアーサーに言った。
「深海は闇が支配する世界。あなたは光の魔法で治癒を試みた」
「はい」
そう答えたアーサーに、ベルベドは「闇には闇の理があります。光によって打ち破ろうとしても、相克を産むだけです」
ベルベドは集落の広場にファフを運ばせ、儀式の支度を整えると、ファフを枯草を敷きつめた上に横たえて呪文を唱える。
ファフがドラゴンの姿に戻る。
ベルベドの隣に三人の巫女。いつの間にか現地人たちが周囲を取り囲み、全員で祈っている。
巫女が叩く太鼓と笛、そして竹製の爪を弾く楽器の奏でる単調なリズムに合わせ、ベルベドが解毒の呪文を唱える。
「大海を司る光と闇のつがいの神。重なれど交わらざる、冷たくして命拒めど豊穣なる暗黒の女神。されど我、汝の慈悲を知る者なり。汝の懐は復活の聖地。その糧狩る刃は怒りにあらざるが理を示す我等は証人なり。汝の子クラーケン。その狩人たる刃を調和に導かん。解毒あれ」
ドラゴンの体から黒いオーラが立ち上り離れていく。
目から、口から、あちこちから真っ黒な液体のように凝り固まった闇が流れ出し、地面に吸い込まれた。
ドラゴンは人間の姿に戻る。
少女の姿のファフは、目をこすりながら起き上り。何事も無かったかのようにきょとんとした顔でエンリを見た。
そして「主さま、ファフ、どうしたの?」
「何ともないか?」
そう心配そうに問うエンリに、アァフは笑顔で「大丈夫だよ」
エンリは安堵の表情でアァフを抱きしめた。
エンリがベルベドに礼を言うと、ベルベドは言った。
「今夜はここに泊まっていかれると良い。あなたの敵はここには来ません。それに、戦いで傷ついたのは、この少女だけではありませんね?」
その夜、現地人たちによって歓迎の宴が開かれた。
ファフとタルタは大はしゃぎで肉や魚の御馳走を貪る。
そんなタルタに三人の現地人の戦士。
その中の一人がタルタに「お前、戦士の試練を受けたのか?」
「何だそりゃ?」
怪訝な顔でそう言うタルタに「そんな顔をしている」
タルタは少し考えると「まあ、そんな所かな」
別の一人が「また受けるのか?」
「また・・・って?」
怪訝な顔でそう言うタルタに「挫折して生還した者の顔だ。だが、我々の村では、試練を受けたというだけで英雄だ」
「英雄・・・ねぇ」と言ってタルタは溜息をつく。
「タルタ、提督に負けたの?」
隣に居たファフにそう言われたタルタは「うるせぇ」と一言。
すると、もう一人の戦士が「提督というのは、最強の戦士か?」
タルタの気持ちがほぐれ、自然と自分の事が語りとなって口から溢れた。
「俺には特別な異能がある。体を鉄のように固くできる。それで世界一強くなれると思ったんだ。けど、あの人はそんなものは無くても世界一強い」
「本当に強い人は、特別なものは持たない。そんなものに頼らないから、強いんだ」と一人目の戦士。
タルタは「そうだな。腕力だけで、俺の必殺技とか平気で受け止めた」
二人目の戦士が「それは腕力ではないと思うぞ。それに向き合う意思と姿勢をもって身構える。あんた、得物は使わないのか?」
「俺の得物はこの拳さ。鉄より硬くなる」とタルタ。
「その人は?」
そう戦士に言われて「斧を使う」とタルタ。
戦士は言った。
「刃物が鋭いのは固いから。木を鋭くしても刃先が潰れる。石を鋭くしても欠けてしまう。猛獣と闘うなら、鉄より硬い棍棒より、普通の鉄の刃物の方が戦える」
そんな彼等を見て、タルタは言った。
「なあ、勇者って何だろうな? 死を恐れない奴のことか?」
三人目の戦士が「死を恐れない人など居ない。強い人というのは、死の脅威に向き合い、それに抗う。だから身構えて受け止める」
「例えば俺が刃物を使ったとしたら?」
そうタルタに問われて彼は「死の脅威の在り方が変われば、身構え方も変わるだろうな」
エンリがご馳走を食べながら、アーサーに、霧の中でローリーと戦った時の事を話した。
「なあ、アーサー。魔剣の炎を強くするのはイメージかな?」
アーサーは「魔法の基礎は、より強くイメージする事です。目の前に本当にあるかのように、はっきりと。もしかして、あの戦で?」
「ああ。強くなったと思う。それで、俺自身が強くなる事ってあるのかな?」とエンリ。
「王子自身が・・・ですか?」
驚き顔でそう言うアーサーに、エンリは「剣を振るう力が増したような気がしたんだ」
「もしかして呪句のようなものが浮かびませんでしたか?」とアーサー。
エンリは記憶を辿る。
そして「そういえば・・・何だっけ。そうだ"我、我が炎の剣とひとつながりの宇宙なり。灼熱あれ!"」
アーサーは言った。
「大地の魔剣が大地と、炎の魔剣が炎と融合する、そういう力がその魔剣にはあります。けれど、魔剣とそれを使う人自身が融合したのだとすると・・・」
「俺が魔剣と融合?」
そう怪訝顔で言うエンリに、アーサーは「炎とはエネルギーです。万物の根源は炎であるとする考え方があるんです。何も無い、広がりさえ無い所で、膨大なエネルギーの爆発により原子が生まれ、空間として広がりながら万物を成したと。魔剣の炎が王子の体とつながったとしたら」
「それが俺に力を・・・」と、エンリは呟くように言った。
翌日、エンリたちはベルベドの村を後にした。
出航し、南方大陸の西岸を北上する。
ドレイクは王子たちの船の行方を追ったが、各港に居る仲間からの情報は入らない。
「どうしますか? 提督」
焦り顔でそう言う部下たちに、ドレイクは言った。
「まあいいさ、奴等は必ずあそこを通る。ヴェルダ岬の岩礁海域の沖だ。艦隊と合流して、あそこで待ち伏せるぞ」
ヴェルダ岬は南方大陸の西岸北にある。沖合まで危険な岩礁海域の続く難所だ。
そのすぐ南にあるヴェルダの港まで来た時、彼等はドレイク艦隊の待ち伏せを知った。




