第104話 僧侶の根比べ
エンリ王子夫妻が訪問したフランスで起った鉄仮面事件。
捕縛されてからも、なお三銃士たちを翻弄した鉄仮面の正体は、王弟フィリップがかぶった仮面の宝具精霊だった。
フィリップの体を乗っ取り、けして外れないその仮面を外すため、ジロキチの語る昔話をヒントに、大聖堂で縛られた鉄仮面に説教を始めたフランス国教会総大主教タレーラン。
そしてエンリ王子たちは鉄仮面を彼に任せて大聖堂を後にした。
その帰路、エンリは隣に居るリシュリューに訊ねた。
「なあ、リシュリューさん、あんたも一応坊主だけど、あの説教って意味あるの?」
「ありませんよ」
そう平然と答えるリシュリューに、エンリは思わず「へ?・・・」
「話がつまらない、って言いたいんですよね?」とリシュリュー。
エンリは「あのタレーランって人、偉い坊さんなんだよね? いつでも教皇になれるってくらいの」
リシュリューは「何しろ彼はコンクラーベでは無敵ですから」
「根比べ?」とエンリ、聞き返す。
「根比べです」
そう繰り返すリシュリューに、エンリは「あの、オヤジギャグは要らないから」
リシュリューは解説する。
「いえ、教皇選出会議。傘下の全ての教会指導者と枢機卿が参加する会議を、教皇庁ではそう呼びます。教皇選出は全会一致が建前ですので、新教皇が決まるまで、会議は延々と続きます」
「対立候補者もいるんだよね?」とジロキチ。
「その方たちが納得するまで、食事もトイレも無し。他の奴が諦めるまで議論を続けます。普通は前の教皇が指名して他の人を黙らせたり、皇帝とかの裏工作で話は既についてるんですが、そうでない時は皆さん、丸々と太った方が集まって。会議が終わると激やせして出てきます」とリシュリュー。
エンリは「そんなダイエットは嫌だ。ってか、このあいだのスパニア戦争で前教皇が辞任して、新教皇が決まったよね?」
「あの時もやりましたよ。前教皇派が何日もぶっ通しで演説して、とうとう会議中に倒れて担架で運ばれました」とリシュリュー。
「そうまでして教皇になりたいのかねぇ」とタルタ。
「何しろ、この世の栄華を極め、全ての快楽を手に入れる権威の頂点ですから」と平然と語るリシュリュー。
タルタが「仮にも坊主のトップが、それでいいのか?」
ジロキチが「中世の坊主ってそんなもんだろ」
「それは言わない約束かと」とリラもあきれ顔。
「で、彼はそれで歴代の教皇から重宝されて?」
そう問うエンリに応えて、リシュリューは言った。
「国教会のトップになった後も、あちこちから応援要請がありましてね。前のドイツ皇帝がとうとう退位を迫られて、新皇帝のテレジア陛下を選ぶ時にウィーンでやった会議でも貸したんですよ。そしたら議場で延々と演説を続けて、司会が困って強制的に休憩時間にしても演説を止めない。余興と称してダンスパーティを初めても演説を止めない。それである御婦人が彼にダンスの相手を求めたら、彼は踊りながら演説を続けたそうです」
「それじゃ、今頃鉄仮面の奴・・・」とエンリの仲間たち全員溜息をついて、大聖堂の方角を見た。
夜か更け、朝が来ても、タレーランは説教を止めなかった。
翌日も、その翌日も、休みなく説教は続いた。
鉄仮面は"つまらん説教は止めろ"と喚き続けたが、タレーランは意に介さず説教を続けた。
そして五日後、精魂尽きた鉄仮面は、フィリップの顔からぽろりと外れた。
ちょうどその時、エンリたちが様子を見に来た。
「終わりましたよ」
そう告げたタレーランにエンリは「お疲れ様です」
「では」
そう言うと、タレーラン・・・の姿をした彼は、マスクを外し僧衣を脱ぎ捨てる。
一同唖然。そして「お前、怪盗ルパン」
正体を現した怪盗ルパンは笑いながら言った。
「盗みに入る所でこいつを見つけてさ、これってノルマンに伝わる結構なお宝だろ。頂いちゃおうとしたんだが、外れないんだもんなぁ。それでお前らに預けたら、外す方法が坊さんの説教だってんだろ? まー坊さんに化けるとか前にもやってるし。んじゃまーノルマンの秘法ロキの仮面、ゲットだぜ。あばよー」
ルパンは聖堂の窓を破って外に飛び出した。交代で警護についていた銃士隊が彼を追う。
「あれ、ルパンが化けてたのか」と唖然顔のタルタ。
アーサーも「どうりで話がつまらないと思った」
同行していたリシュリューは「いや、本物の説教もあんなものですよ」
「それで本物のタレーランさんって」とエンリが・・・。
その時、ノートルダム大聖堂にタレーラン総大主教が帰還。
そして「おや、リシュリュー閣下じゃないですか」
リシュリューは「タレーラン総大主教。今までどちらに・・・」
タレーランは言った。
「実はある身重の御婦人に相談を受けまして。家に伺うと夫が泥棒だと言うじゃありませんか。何とか改心させて欲しいというので彼の帰りを待っていたのですが、なかなか帰らないので、次の機会にと」
「その御婦人の名は?」とエンリが問う。
「ジェーンという方でしたが」とタレーラン。
エンリは「それ、怪盗ルパンの協力者ですよ」
「では、改心させたいというのはあの怪盗」とタレーランが、すっ呆けた事を言う。
エンリはあきれ顔で言った。
「いや、あなたをここから引き離すために一芝居打ったんですよ」
仮面が外れた後もしばらく眠っていたオルレアン公フィリップが、ようやく目を覚ます。
そしてルイ王から話を聞いた彼は「兄上、私は何てことを」
「気にするな」とルイ王。
フィリップは言った。
「私はあなたの邪魔になるまいと身を引いた。なのに、あなたの隣には女が居る。それが悔しくて・・・」
そんなフィリップにエンリが問う。
「あの仮面はどこから?」
フィリップは「シルクハットと黒づくめのスーツを着た男が言ったんです。これを使えば心の隙間を埋める事が出来ると」
「どこかで聞いたような話だな」とアーサー。
「何者だろう」とエンリも疑問顔で・・・。
その後、フィリップはルイ王と、ホモな兄弟愛を堪能した。
それを眺めて盛り上がるポンパドール夫人。
彼はそれに満足すると、オルレアンの領地に帰った。
去っていくフィリップの馬車を見送ると、エンリはルイ王に問うた。
「あの、陛下とフィリップ殿下って・・・」
ルイ王は「可愛い奴なんだ。あいつは俺同様、女に興味が無い。そんな奴がアンヌにちょっかい出すなんて有り得ない、取り付かれてるんだ・・・ってすぐ解ったよ」
そんな話を横で聞いて溜息をつくアンヌ王妃。
それを見てエンリは思い出し、ゴタゴタが収まるのを見計らって、彼女にそっと訊ねた。
「そういえば王妃様、私たちに相談があるって・・・」
「エンリ殿下ご夫妻ならきっと解決に導いて下さると思って、お招きしましたの」
落ち着いて話せる所で、という事で、エンリとイザベラ、そして彼の仲間たちは別室に案内される。
廊下を歩きながらエンリは「俺って頼りにされてるんだ」
イザベラは「姉様は私を頼って下さっているのね」
エンリは「俺、いくつもの難題を解決したヒーローだもんな」
イザベラは「私、有り余る智謀でユーロの平和を守る守護聖女ですものね」
そして、その部屋で茶と茶菓子を囲むと、アンヌ王妃は切り出した。
「特殊な性癖を持つ殿方に愛して頂くには、どうしたら良いのでしようか。エンリ殿下はとても稀有な特殊性癖をお持ちと聞きます。そんな相手の子を宿したイザベラなら・・・」
一同唖然。
「ルイ陛下に内密って・・・」とエンリ。
「政治的な陰謀の話じゃ無かったのかよ」とタルタ。
イザベラはアンヌに「あの、私と結婚した時は夫は、魚でなくとも良くなっていたものでしたから」
アンヌはリラに「そういえば、そちらの側室の方は人魚なのですよね?」
リラは言った。
「私、最初は王子様の性癖を知らなくて、魔女から人間の体を貰ったんです。それでお傍に仕えたのですけど、全然受け入れて貰えなくて、いろいろと・・・」
アンヌは「いろいろって、どんな?」
リラは「アーサーさんに相談して、裸エプロンとか」
「アーサーって・・・」
そう言って全員が向ける不審そうな視線の集中砲火を浴びたアーサー、冷や汗交じりに「いや、色々あるじゃないですか」と弁解にならない弁解をする。
リラは「王子様は海が好きで海と言えば水着だって、水着エプロンとか」
「アーサーって・・・」
そう言って全員が向ける不審そうな視線の集中砲火を浴びたアーサー、感情的な声で「俺、何か悪い事しました?」と抗議する。
そんな中でアンヌは「けど、結局駄目だったんですよね?」
「最後は本当の事を話して、人間の体で愛して貰いました」とリラは言った。
アンヌ王妃は「本当の事を話す・・・ですか。解りました」
「よく解らないけど、それでいいの?」とエンリ。
「いいんです」と言ってアンヌは微笑んだ。
ようやく一件落着と、一同ほっとする中、リラが言った。
「それで結局、政治的な陰謀がどーとかって噂・・・」
アンヌは「それなんですけど、銃士隊のみんなが、宰相が私を追い落とそうと陰謀を巡らせているとか言うものだから」
「そういえばそんな噂が立ってたんだよね?」とアーサー。
「私が教皇派に復帰して宰相を排斥しようとしている、なんて噂もあるらしく」とアンヌ。
ジロキチが「誰がそんなデマを」
「そういや俺たちも、王妃様の相談事を政治の陰謀と勘違いして・・・」とタルタが言い出す。
エンリが「じゃ、騒ぎの元凶って・・・」
バツの悪い表情で冷や汗を流し、互いの顔を見合わせるエンリの仲間たち。
そんな彼らを見てアンヌは「皆さん、どうされました?」
仲間たち全員声を揃えて「ななななななな何でもないです。あは、あはははははははは」
エンリたちは帰国した。
そしてアンヌ王妃はルイ王を誘って別荘で数日を過ごした。
まもなく王妃は懐妊し、男児を出産した。その子はやがて王権の全盛期を築き、太陽王と呼ばれる事になる。




