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人魚姫とお魚王子  作者: 只野透四郎
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第01話 人魚と王子

その国は海辺にお城が建ち、城下は港町として、たいそう栄えていた。

国の名はポルタ王国。

国王の名はジョアン王。彼にはエンリという名の王子が居た。


エンリ王子は海が大好きで、いつも海岸で海を眺めていた。

お城には、いくつも水槽があって、魚を育てるのが趣味の王子は、魚料理は一切口にしなかった。

そんな王子を、人々は"お魚王子"と呼んでいた。



そんな王子が海を眺めている姿を、海から見ていた一人の人魚の女の子が居た。彼女の名はリラ。

リラはいつしか王子に恋をした。


どうしても王子と一緒になりたいと、リラは思い詰めた挙句、魔女の所に来て、言った。

「どうか私に二本の足を下さい。そして私を人間にして下さい」

「あの王子のどこが好きなんだい?」と魔女は問う。


リラは語った。

「あれは、この海の主とも呼ばれる、大きな魚が姿を見せた、月のきれいな夜でした。王子が海岸に来て、しばらく海を眺めていました。それは海を深く愛する人の目でした。そして王子はいきなりズボンを脱いで立派な・・・」


魔女は慌てて、その言葉を遮った。

「はいストップ。それ以上言うとエロ小説みたいになっちゃうわよ」

「官能小説と言って下さいよ」とリラ。



魔女は言った。

「まあいいわ。蓼食う虫も好きずきと言うものね。あなたに人間の下半身をあげましょう」

「ありがとうございます」とリラ。


だが、魔女は「ただ、世の中では、何かを得るには対価が必要よ。等価交換という言葉、知ってる?」

「私は何を差し出せばいいのでしょうか」とリラ。

魔女は「あなたの声を頂こうかしら」

「そんな・・・。それでは思いを伝える事が出来ません」とリラは悲しそうに言った。


そんなリラに、魔女は「何言ってるの? 女が自分から男を求めるなんて、そんなはしたない事しちゃ駄目じゃない」

「でも・・・」と困惑するリラ。

「思わせぶりな態度を見せて、向こうが好きになるよう仕向けるの。女は求められてこそよ」と魔女。

「そうなんですか?」とリラ。


魔女は「自分から求めたら、向こうが優位になって主導権取れないじゃないの」

「そういうものですか?」とリラ。

「そうよ。恋の駆け引きの基本よ。恋愛は好きになった方が負けなの」と魔女は言った。



リラは言った。

「解りました。お願いします。けど・・・」

「何か問題が?」と魔女。


「あの・・・、魚の下半身でなくなってしまったら、エッチが出来なくなりますよね」とリラ。

「はぁ?」

リラは「だってエッチって私が卵を産んで、その上に王子が精子をかけるんですよね?」

「人間には人間のやり方があるのよ」と魔女はあきれ顔で言う。



魔女に魔法をかけて貰って、人間の体になったリラ。


声を失ってお礼の言葉を言えないリラは、嬉しそうに魔女に一礼すると、お城に向けて駆けだした。

(これで王子様の元へ行ける)という思いを胸に。


だが魔女は「ちょっと待ちなさい」

小首を傾げるリラに、魔女は言った。

「あなた、その恰好で表を歩いたら、公然猥褻罪で逮捕されるわよ。服くらい着なさい」



街に出たリラは、街行く人々を眺めながら、思った。

(これからどうしよう)

いきなりお城に行ったら、外国のスパイと思われて捕まるかも。

誰かに相談しようにも、声を失って話しかける事も出来ない。


その時、彼女に話しかける男性が居た。

「お嬢さん、迷子かい?」

「・・・」


「もしかして、口がきけないのかい?」と男性。

頷くリラ。

「それで、どこに行きたいのかな?」と男性。

お城を指さすリラ。


「もしかして、これに応募するのかな?」

そう言って男性は一枚のチラシを見せた。チラシに曰く「宮廷小間使い募集」



リラはその男性からチラシを譲って貰うと、お城に行き、門番にチラシを見せて、中に入る。

(審査会場はどこだろう)

そう思いながら、広い城内でうろうろするリラは、水槽が並んでいる廊下に出た。


水槽の魚たちに餌をあげている男性が居た。

エンリ王子だ。

リラは思わず駆け寄ろうとしたが、体が動かない。声が出ない。頬が赤らみ、心臓の鼓動が高鳴る。


王子はリラに気付いて、声をかけた。

「君は小間使いの応募者かい?」

夢中で頷き、あうあうと口を動かしたが、声は出ない。

「もしかして、口がきけないのかい?」とエンリ王子。


頷くリラを、エンリは審査会場に案内した。

「ここで応募者を審査するんだ」とエンリ。

リラは一礼して、嬉しそうに駈けていった。


そんなリラの後ろ姿を見て、エンリは思った。

(いい匂いのする子だな)

エンリは、会場に居た審査役の女官にそっと、リラの特徴を告げた。



宮廷小間使いとして採用されたリラは、新人研修を終えると、エンリ王子のお付となってエンリに仕えた。

彼女は王子のお気に入りとなって彼の元を離れず、王子はどこに行くにも、彼女を伴った。

リラは「お魚王子」のお気に入りとして、人々から「人魚姫」と呼ばれた。



だがエンリ王子は、けして彼女に手を出そうとはしなかった。


そんなエンリに人魚姫リラが感じる得体の知れない焦燥は、ある日、具体的な形となって彼女の心に陰を落とした。

ジョアン王がエンリ王子に、隣の国の姫との政略結婚を命じたのだ。

強大な軍事大国である隣国スパニアの末娘イザベラ姫。

絶世の美女とうたわれるイザベラ姫との縁談に、エンリは憂鬱な表情を見せた。


王族の婚姻は所詮は政治の道具。そんな現実に圧し潰されそうになっているかに見えるエンリの姿に、リラの心は痛んだ。

(何とか自分の想いを伝えたい。王子を慰めたい。けれども声を失った自分にその手段は無い)と悩むリラ。



そんな彼女はある日、上役の女官から宝物庫の掃除を任された。


上役女官は宝物庫で、掃除道具を手にするリラに言った。

「ここにあるものは、どれも国宝級の魔道具なの。絶対触っちゃ駄目よ。特に、銀の鎖のついた小さな水晶玉は、魔法で会話が出来るものなんだけど、私は以前それで、とても恥ずかしい思いをした事があるの。だから絶対に触っちゃ駄目」


リラは掃除を終えて、棚に並ぶ魔道具を眺める。その中に、銀の鎖のついた小さな水晶玉があった。

「魔法で会話が出来る」という上役の言葉を思い出す。そして思った。

(これなら、声の出せない私でも王子様と・・・)



その水晶玉を持って、心の中で念じる人魚姫リラ。

(お願いします。応えてください)

そして誰かが答える声が、彼女の心に届いた。

(私に話しかけているのは誰ですか?)


(通じた)とリラは喜び、さらに、答えてくれた誰かに語りかけた。

「私は王子に仕えています。人魚姫と呼ばれています」

「あなたでしたか。お城で見かけて、随分可愛らしい子だな、って、気になっていました」とその声は答える。


「あなたは王子様ですか?」とリラ。

「違います。お城に仕える魔導士で、アーサーといいます」とその声は名乗った。

「違うんすか」とがっかりするリラ。


「私なんかに好かれて迷惑でしたか? 残念ですが、仕方ないですね。私のことは忘れて下さい。それでは・・・」とアーサーは、念話を切ろうとする。

リラは慌てて「待って下さい。お友達では駄目ですか?」

「仲良くしてくれるなら」とアーサー。

「相談に乗って欲しい事があるんです」とリラ。



魔導士アーサーはリラの居る宝物庫へ向かった。

そしてリラに説明した。

「それは念話の魔道具で、魔力を持った者同士が心で念じることで会話できるもので、普通の人とは話せないのですが、相談とは何ですか?」

「私、王子様の事が好きなんです。想いを伝えたいんですが、声を出せません。どうしたらいいでしょうか」と人魚姫リラ。


アーサーは言った。

「筆談したらどうですか?」

リラは紙を出して鉛筆で、さらさらと字を書いて、魔導士に見せた。

その紙に曰く「その手があったかぁ!」

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リラ繊細ですね
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