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名前も知らない貴方へ

私たちは出会うべきじゃなかった。

誉れ高き戦場の英雄と称えられる一方で鬼神と恐れられる貴方の優しく暖かな素顔を知らなければ躊躇うことなんて無かったから。

もしも再び会うことができれば私は貴方に感謝の意を捧げましょう。

見ず知らずの私にも優しくしてくださった貴方に。

得体の知れぬ女であった私に食事を振る舞い、宿を貸して下さった貴方に。

もしも私が普通の女であったら貴方に恋をしていたかもしれません。


あのような形で唐突に貴方の元を去った私をお許し下さい。

これ以上は私の心を抑えることが出来ぬと思い貴方の元を離れました。

貴方は高潔な騎士、私は素性の知れぬ唯の女。

貴方の隣に立つことなど想像するだけでもおこがましい(わたくし)

己の立場も忘れ、そんな夢を見てしまった愚かな女をお許し下さい。


もう一度貴方に会いたかった。

もう一度貴方の優しい声で私の名を呼ばれたかった。

例えそれが仮初めの名で、仮初めの幸せでしかなかったとしても。


生まれて初めて与えられた温かい家というものに、

どれほど私が救われたことか、どれほど私が感謝したことか、

貴方にはきっと知らないでしょう。

貴方が教えてくれた幸福(しあわせ)を私はいつまでも忘れないでしょう。


ああ、けれど運命はなんと残酷なのでしょう。

私たちの運命は共に寄り添うことを許さない。

次に私たちの運命が交わるとき、

それは私が貴方を殺すとき。


再び貴方と会うとき、それはもう近くまで迫っている。

その時は精一杯の感謝と、精一杯の愛を込めて、

苦痛の無いよう一思いに貴方を殺しましょう。

鋭く尖ったナイフを貴方の胸に刺しましょう。


これは、最初で最後の、私の告白。

これまでの人と違い、私は生涯貴方を忘れられないでしょう。

これは最初で最後の私の恋の物語。


 以前路地裏で拾ったボロボロの少女。

 世界の全てに絶望したような瞳をした彼女が少しずつ柔らかな笑みを見せるようになってきたことに、えもいわれぬ幸福感を覚えた。気づけば鬼神と恐れられる血にまみれた俺の手を恐れずに握り返してくれる少女のぬくもりを手放しがたくなっていた。

 彼女の名が偽名であることには気づいていた。

 いつか本名を教えてくれたら、と思わないでもなかったがどのような名であろうと彼女の本質には関係ない。

 今日こそ帰ったら彼女に告白をしよう、そう思い花束を買って帰宅した家から彼女は消えていた。

 元々素性の知れぬ彼女であった。打ち解けてきても頑なに過去を話そうとしなかった彼女の消えた先など一つも思いつかぬ。買い出しに行って遅くなっただけだ、そう期待して待ってみたが無駄だった。事件か何かに巻き込まれたやもしれぬと、己の権限で調査もしたが、彼女の行方は一切掴めなかった。


 もう一度会えたら、今度こそあの日言おうとした言葉を必ず伝えよう。

 


二人が再び巡り会い、そして永劫の別離に悲しむまであと…


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