その12
「これこれ」
「わああ!」
キノとキマは瞳を開いて驚いた。
「わあ、じゃないわよ」
「ママだぁ」
キマはキノの腕から離れてマコのもとに走って行く。
「なに二人だけで帰ろうとしてるのよ」
彼女はキマを抱き上げた。頬をマコの胸に押し当てる。
「いい子にしてる?」
「うん!」
マコもクリーム色の優しい髪に鼻を付けた。暫し二人で抱き合った後、キノに瞳を向ける。
「高校生の時にも、こんなクリーム色の髪の女子いたよね」
「そう?」
マコはキノの隣に並んだ。
「とても、綺麗な子だったよ。瞳が大きくて、細長い髪の毛、端正な顔立ちに四肢が長い。でね、もの凄く強いの。柔道部の大きな男子を投げ飛ばしたの」
キノの顔を覗き込む。何だか難しい表情だ。遠くを見ている。
「そんな女子、いたっけなあ。う~ん」
マコは声に出さないで含み笑いをした。キマは二人を見て不思議な顔をしている。
「きっと、知ってるよ」
キノの横顔をじっと見つめた。
「四年前、いつも私の横にいた女の子。そして、二度も私を助けてくれた人。ずっと、守ってくれた人」
未だに眉間に皺を寄せて、隣の者は考え込んでいた。
「思い出した。女の子なのに男みたいな言葉しゃべってた、変な子」
『キノは〜ふ』
頷いたマコの唇が動いているのか。
静かにキノに顔を近づける。キマが再び不思議そうに二人の顔を交互に見ていた。
「ねえ、キノ」
「うん」
「ずっと、一緒にいようね」
「マコ、顔が赤いよ」
きっと夕日が当たっているのだ。キノもキマも赤い。
「二人ともキスしよ」
濡れた唇がキノに重なる。そしてもうひとつ、白い肌に淡い小さな唇も頬に感じた。キノは夕日に当たっている二人の頬を優しく撫でる。
「大好きよ」
三人は土手の上で、夕日が落ちるまでそのままいつまでも佇んでいた。
「おーい。紀真ー!」
背後から、リムジンが土手を無理矢理走行してくる。窓を全開して上体を乗り出し、手を振っている者がいた。
「じいちゃ!」
キマは二人の顔の間から振り返って、叫ぶ。
「来たわよ」
マコは呟いた。リムジンは砂埃を立てて、三人の隣に停車する。大介は停車するや否や飛び出し、走って来た。
「なんだ、こんなことろにいたのか紀真。随分探したぞ」
大介は駆け寄り、彼女を抱きあげる。無理矢理キマの頬に自分の頬をこすり付けた。さすがに彼女は嫌がっている。
「お父様、よくここがおわかりになりましたね」
マコは大介に言った。
「なあに、わかってるさ。おまえたちが、いつもここを散歩するって、聞いていたんでな。平井」
背後に平井がいた。
「すでに調査済みです」
「平井さんここ、車は通行禁止ですよ」
キノは呟いて苦笑いする。
「旦那様がどうしてもと」
男は少々言い訳に困った表情をした。
「本当に全く、気が抜けないなぁ」
大介が振り向く。
「なんだ、真琴。それじゃあ、紀乃くんと二人だけにしてやるぞ。紀真はじいちゃんと先に帰ろう」
「ちょっと、お父様。キマが寂しがっちゃう」
困った表情のマコは慌てて言った。
「そうか、紀真?」
覗き込む大介に抱かれているキマは、わかった様に微笑む。
「パパ、ママ」
二人を見つめた。その愛くるしい表情にマコは記憶を呼び戻す。
「その瞳、その表情、その笑顔、あの時のキマ……」
「パパ、ママ、すき、すき、してね」
マコの瞳が潤む。
両手でその小さい頬を包み込んで、鼻先を付けた。
「ママ、キマ、えらい?』
「キマ……。うん。えらい、えらいねえ」
満足なこの笑顔、このために生きている実感を得る。
大介は大きく頷いた。
「よおし、紀真! 海水浴用の島をプレゼントだ。今年の夏は皆でそこへ行こう。花火も打ち上げるぞ!」
「ああ、それって……」
マコは以前、夏休みにログハウスでキマと話したことを思い出す。
「なんだ、文句は言わせんぞ」
「そんなこと言いませんよ。買って下さい、お父様。私からもお強請りします」
意外なマコの反応に大介も驚いた。その顔が更に綻ぶ。
「おお! 娘と孫から言われたら、買わんわけにはいかんだろう。よし平井、用意だ!」
「仰せのままに」
平井は笑顔のまま、深く頭を下げた。
マコのスマホの着信音が鳴る。
「ちょっと、真琴ちゃん。あなたたちのとこに大介さんいない? ちっとも連絡がつかないのよ」
「お母様」
隣で大介が飛び上がった。人差し指を口元に立て、キマと共にリムジンに乗り込む。
「家で待っとるぞ」
と小声で合図した。砂煙を上げてリムジンは急発進し、土手から立ち去った。
「真琴ちゃん。いたでしょ、そこに」
落ちかけた陽で作られた長い影はいつまでも延びている。リムジンが走り去った土手を、キノとマコの二人は手を固く握り合って歩きだした。
「これから先、嬉しいこと、哀しいこと、怒れること、楽しいことが、まだまだ沢山の出来事があると思う」
互いに身体をふれあう。
「けど、何事にも恐れず、臆さず、前を向いて歩く」
決意ある言葉は力強かった。
「ついて来てくれる?」
その瞳は真っ直ぐ未来へ向かっている。
「うん。ついていく」
肩に頭を預けている口元が柔らかに呟いた。
「あなたに逢えたことが奇跡。そしてキマに逢えたことが、もっと凄い奇跡だよ」
「僕たちにしか出来ない奇跡を、これからもっと、もっと一緒に起こしていこう」
キノは微笑みを寄り添うマコに返す。
長く延びていく川原の道、一番星が煌めき出した穏やかな時間の中で二人はもう一度、唇を重ねた―。
『キノは〜ふ! Return』 おわり
長い間、読んでくれた皆様に感謝込めて、『ありがとう』。 七月夏喜