その3
「真琴さん、初めてだね。オレを呼んでくれたの」
玄関に宮島が立っている。彼は少し赤くなって言った。キマは階段からじっと男を見ていた。
「紀乃さん、こんにちは。調子どう?」
挨拶に手を上げる。しかし睨んだままいた。
「ど、どうしたの、そんな怖い顔して? オレなんかしたっけ?」
宮島は体を震わせる。二度もキノに投げ飛ばされているからだ。
「どうもしてないですよ。いつもと一緒。ねえ、キノ」
振り返ってマコはキマの顔を見ると、眉を吊り上げる。彼女は頬を膨らませた。階段から頭を引っ込めると、しばらく降りてこない。
「もう……、あの娘」
マコは溜め息をついた。
「何か、調子でも悪いの?」
宮島は不思議な顔をする。
「宮島さん、ちょっと待ってて」
彼女は階段を駆け上がった。
「何処行った?」
寝室からベランダに出ると、その先にキマは立っている。
「どうしたのよ」
「この場所のこと、パパがいつも言ってた」
「キノが?」
マコはキマの顔を覗き込んだ。その瞳は遥か遠くの海を見つめている。
「パパとママが、凄く愛し合った場所って」
真顔の言葉にマコは顔を赤らめた。
「な、何のことよ。キノも何を教えてるの」
ベランダにあるデッキチェアに近づいて、その縁に指を這わす。
「この椅子……。やっぱり、本当なんだ」
懐かしむ様に暫くキマはその傍らに立ち並んだ。
「もう、どうしたのよ」
振り向いた先に、マコが少々困った表情で腰に手をあてている。その顔を見た途端に、キマは走り寄って抱きついた。背丈はキマが高い。
「ちょっと、キマ」
「男の人を呼ぶって思わなかった。ママと二人だけで行きたかったのに」
肩を少々引き離して諭す。
「しょうがないのよ。町までちょっと距離があるから、連れていってもらわないと」
キマは頬を膨らしたまま、そっぽを向いた。
「ママ、楽しそう」
「バカね。宮島さんはここの管理人よ。変なこと言わないの」
だが、相変わらず膨れっ面だ。
「だって、キノいないし」
キマはマコの方を向いた。
「じゃあ、いいわ。あなたはこのまま、お留守番していなさい。私は行ってくるから」
「だ、だめぇ」
キマはマコに縋る。瞳からは涙が滲んでいた。少々大げさすぎる行動にマコは不思議に思い、首を傾げた。
「よしよし。ママの言うこと聞くんだよ」
キマの頭を撫でるとコクリと頷く。涙を拭いて、そして微笑んだ。
「今日はお忙しい中、私たちのためにお手間取らせてしまい、申し訳ありません。今日はどうぞよろしくお願いします」
しおらしく深々と頭を下げる。その態度は男をたじろがせた。
「や、やけに物静かだね。一体どうしたの?」
「いつもこうですよ」
挨拶を終えたキマはマコの腕を掴んで背中に隠れる。
そんな彼女が可愛く思えた。
キノとの間に生まれてきた、良いところも、悪いところも、二人の半分ずつ持ってる娘。
綾子や大介が想う愛情が、少しだけわかるような気がした。
「やっぱり、仲がいいんだね。二人とも。オレがかなわない相手だよ」
宮島は頭を掻きながら言う。マコが頷くと、今度は苦笑して頭を何度か軽く叩いた。
「キマ行くよ」
背中に隠れている娘の手を引っ張る。
飛び出す愛くるしい笑顔は、マコにとって特別な存在になりつつあった。