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キノは〜ふ! Return  作者: 七月 夏喜
第5話 キノとマコと花火大会(後編)
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その4



 ゆっくりと見晴らしの良い本部がある公民館に足を踏み入れる。室内には誰もおらず、奥の炊事場で何やら数人の声が聞こえるだけだった。小部屋と広間があり、接待用のテーブルが並べてある。すで宴会は終盤のようで、酒やビールが口が開いたままだったり、新鮮な海の幸が盛られてあったろうな豪華な皿が、数枚の刺身を残して机に鎮座していた。中庭の方に役員や関係者が並んで花火の上がり、散り行く様を眺めている。

 キノはそのまま室内に入り、大声を張り上げている小部屋に向かった。そろりと襖越しに中を確認する。

「いやー、花宗院殿の花火は大玉でも特注ですので、最後にしておきました」

 大声を張り上げ、笑っている男の隣に花宗院大介がいる。だいぶ酔っている隣の男の肩叩きの行為にうんざりしながら、日本酒をちびちび飲んでいた。時折、勧められる酒に応対しながら、男は溜め息をついている。彼らに混ざってしまえば、大介も只の地元の男にしか見えない。ただ高級スーツ姿がかなり浮いてはいるが。

 そっと伺う場を離れようと腰を浮かせた刹那―。

「これは、紀乃様。奇遇ですな」

 キノは小さく声を上げ、驚いて思わず尻餅を付いた。後ろを振り向くと初老の男が深々と頭を下げている。神経を尖らせていたのに、気配を全く感じなかった。

「あなた、花宗院の……」

「平井で御座います」

 男は微笑む。軋むはずの廊下が音を鳴らしていない。

「おや。いつの間に、そんなに髪が伸びましたか?」

 平井は亜紀那と同様で油断の出来ない人物だ。大介の側近をこなしている、凄腕の用心棒とも言える。

「紀乃様、つかぬ事をお聞きしますが」

 キノは「きた!」と思い、身を固くして構えた。その表情をいち早く平井は察知する。

「真琴様は、ご一緒ですな」

 すでに核心を突く。

「旦那様が連絡がつかないと、とても心配されておられました」

「そ、そうですか」

 血眼になって探している様子が、容易に想像できた。

「平井さん、聞いていい?」

「何なりと」

「ここの花火のスポンサーはいつから?」

 平井はキノを見据える。

「丁度一年前にもこちらに寄りました時、上がっていた花火が大そう気に入られたようでした。そのまま町長に、来年の花火大会のスポンサーとして出資することを決められました」

 厚い手帳を取り出して、ページを捲り指で確認する。

「一年前に……」

 ここへ来たのは単なる偶然だった。マコと一緒に見たかったのだろう。こんなにも愛されているマコのことに、少し嫉妬と羨望を感じられずにはいられなかった。キノにはそんな家族など、いない。

「もちろん、紀乃様と真琴様と」

 平井が細笑むとキノは口を閉じた。まるで心を読まれている台詞のようだ。

「紀乃様、旦那様にご挨拶されますか」

「いや、今は」

 室内にある時計をチラリと見る。

「時間が気になりますかな」

 男も胸ポケットの懐中時計を確認した。

「そうそう、もうじき花宗院グループの花火が上がる時間で御座いますね。ご存知でしたか」

 と言うことは、この肝心な花火を止めることになるのか。


 襖の向こう側が騒がしくなる。町長が無線機を持って叫んでいた。

「おい! 屋敷さん! しっかりしてくれよ、スポンサーの皆さんがお待ちかねだぞ!」

 男は興奮気味だ。

「はて、花火にトラブルでしょうか?」

 平井の勘は鋭い。キノはそれが屋敷に頼んだ事だと直感した。

「それはよいとして、紀乃様がここにいる理由がわかりません。何故、ここに?」

 焦らす質問にキノは困った顔になる。

 時間がない。


「おおい、団長! 大会長は、どうした!」

 またしても、町長は無線機に向かって、叫んだ。

「すんません! 大会長ここで酒飲んで、潰れましたわ! 町長ちょっと来て下さいよ!」

 笑い声が聞こえる。

「何だと! スポンサーさんを置いてか!」

 団長の協力が得られていた。

「全く、何やっとるんだ。申し訳ありません。花宗院殿、ちょっと席を外します」

 深く頭を下げると、足元をふらつかせながら公民館から出ていく。これでマイク周辺は手薄になったはずだ。

 キノは喉を鳴らす。

「しかし……」

 目の前の平井が気になってしようがない。男はきっとこの騒動の元に感づいているはずだ。

「紀乃様」

 そう、言い掛けた時だった。

「平井! おい、平井はおらんか!」

 立ち上がった男は、するりとキノを通り過ぎ、襖を開けて花宗院のもとに駆け寄る。

「花火の持注大玉はどうなっとる? ここで呑気に酒を飲んでいる場合ではないぞ」

 コップの酒を一気に飲んで机に音を鳴らして置いた。幾分、頬が膨れている。

「旦那様、大丈夫でございます。本日のお仕事の予定はございません。ご安心を。心ゆくまで、御堪能くださいませ」

 平井の返答の後、俯く。

「面白くないぞ、こんなところ。真琴も誰もいないのに」

 キノの耳に響く、真琴、マコ。

 決心して、目の前の襖を蹴飛ばして飛び出した。蹴った襖が覆い被さるように大介の背中に当たる。テーブルと襖の間に挟まれた。

その襖を踏んで、飛び出した。

 時間がない。

 キノはマイク席を目指す。

「紀……」

 平井は声を掛けるのを止めた。キノは襖の上を飛び越える。先に見晴らしの良い部屋が、もう一つあった。マイクが二つ、テーブルの上に整然と置かれて並んでいる。キノはその一つを取リ上げた。隣にあるアンプの電源を入れて、音量を上げる。隣にあるマイクとのハウリングで大きな振動と音を立てた。キノは耳を押さえ、一つを部屋の中に放り投げる。

 そしてキノは大きく息を吸った。マイクを力一杯握り締める。


 想いを込めて、今、君に伝えたい。


「マコー!!!!」



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