その3
屋敷は花火監督のもとに急いだ。男は軽トラの荷台にイスを出して、足を組んで座っていた。予定通り、滞りなく打ち上がる花火を見て満足気な顔だ。
「全く、いい調子だ」
手に持っている無線に、海上の打ち上げ船から逐一連絡が入る。
「万事、良好。問題なし」
隣に置いていたお茶を一気飲みした。
「次々、打ち上げろ! 今夜は調子いいぞ!」
屋敷はゆっくりと軽トラに近づく。荷台の男はその存在に気が付いた。無線機を片手に持って、振り向く。
「お前がこんな騒々しいところに来るなんて、何年振りだい」
少し皮肉混じりに笑って言った。
「あのさ、親父」
「何用だ。お前の頼み事なんて聞かんぞ。ろくな事じゃねえだろ」
父親は、打ち上がる花火を確認するために海を向いた。息子は少し苛つく。
「今更こんな所まで来て、何がしたいんだ」
頭ごなしの説教に無言で父親を見ていた。言い返す言葉が見つからないで立っている。
「お前が出ていった後、母さんが死んだ」
息子は何も言えない。握っている拳が震える。
「随分、お前を心配してたんだぞ」
その時、花火が上がった。星空に大きな光の輪を作る。父親はその大きさを確認した。
「連絡も寄越さねえし、葬式にも出てこねえで」
股間に置いた無線機からの情報を聞き流している。
「いい出来だ。波も穏やかだし、今夜はよく上げるわ」
屋敷は父親の背中の先にある、打ち上げ花火船を見つけようとしたが、確認出来なかった。おもむろに父親はタバコに火をつける。
「向こうで何か見つかったのか」
口と鼻から白煙が立ちのぼる。
父親は息子に自分の家業を見せるために、いつも子供の頃ここに連れて来ていた。跡継ぎを、将来を夢見ていた。しかし息子は高校を卒業すると自分で決めた仕事ためにすぐに上京する。喧嘩別れ、いや半場勘当にも近かった。この土地で地味な家業を継ぐなんてことは考えていなかった。そんなことをして、ゆとりのある暮らしが出来るとも思わなかった。
「お前は、これを這いつくばった仕事って言ったよな」
父親のどこか悲しげな言葉が響く。息子は沈黙したままだった。
「お前、本当に向こうに良いところ、なんてあったかい」
屋敷は時計を見る。キノが数人を倒すのくらい、あのパワーだったら訳がない。ならば時間は迫ってきているはずだ。
「おやじ、花火を止めてくれ。三十秒でいいから。頼む!」
「何だと!! 花火を止めろだと!」
イスをひっくり返し、荷台から降りてきた。
「お前には、何もわかっちゃいねえ! 花火師が花火止めてどうするんだ! 物事を順序よく、安全に進めていくのが、花火師の役割だろうが!」
父親は息子を平手で殴る。そして、そのまま肩を振るわせながら背中を見せた。
「おやじ……。これが、最後だよ。俺がここに戻ってきたのは、おやじ」
父親は背中を向けたまま、何かを堪えている。その間にも順調に花火はあがっていた。無線機からの確認と合図が聞こえている。
「この仕事をやってみたい」
父親は振り被り、息子の胸ぐらを掴んだ。
「向こうで駄目だったから、こっちで働くってか。いい加減にしろ。お前が考えているほど、この仕事は甘くねぇ!」
ドンと大きな音が鳴る。大玉だ。それは空中高く舞い上がり、夜空全体に広がった。焦げかすが海面に近いここにも降ってくる。軽トラの天井や荷台に落ちてきた。瞬間、空を確認して頷く。
「俺を弟子にして下さい!」
「なんだと」
もう一度父親は振りかぶる。
「今からやっても、ものになるまでに遅い……」
息子は土下座していた。頭を地面に擦りつけている。父親はその目を見張った。
「本当なのか」
海上では連玉が上がっている。目映い限りの光を放っていた。浜辺では恐らく大きな歓声が上がっているに違いない。父親は無線機を握りしめた。
「母さんの墓参りはしたか」
「……」
ため息をつく。
「三十秒だったな」
息子はまだ頭を下げたままだった。父親は海上の打ち上げ船を見つめ、おもむろに無線機に言葉を発する。
「おい、俺だ。次の特別大玉、ちょっと待ってくれや。本部から何かあるらしい。こっちの合図を待て」
そして、無線機の周波数を変える。
「本部、本部。トラブルだ。穴に何かが詰まりやがった。少し待ってくれ」
つかさず、大会長の古田は叫ぶ。
「おい! 屋敷さん! しっかりしてくれよ、スポンサーの花宗院さんがお待ちかねだぞ!」
再びため息が出た。
「おい」
その一部始終を聞き取った男は、ようやく顔を上げた。荷台のイスに座っている父親は息子の顔を見る。
「この時間、どうしようと文句は言わねえ。この時間は、お前とって大事なことだよな」
「俺の友達の……、大切なことだよ」
屋敷は立ち上がった。
「ははは。おまえの友達も肝が座った奴だな。こんな手荒いこと、普通やらんぞ。後が大変だ」
そう言うと父親は無線機を息子に放り投げる。屋敷は慌てて、それは受け取った。
「お前のタイミングで、次の大玉の合図を出せ。そして、明日から下っ端の弟子から始めろや」
そう言うと、父親は再び背中を見せる。遠く海上に視線を戻す。辺りが急に静かになっていく。
「明日、母さんの墓掃除でもしろや」
屋敷は両手でしかりと無線機を握りしめる。
「紀乃さん、無理なんて事は、ないんだよな」
大会本部の方向に屋敷は顔を向けた。