その13
「やっぱり、浴衣よね。花火と言えば」
スタンドミラーの前でマコはピンク色の下地に金魚の柄模様、帯は朱色。その浴衣を着て艶やかに撓っていて、化粧と紅色の口紅も一段と美しさを高めている。
「マコ、凄く綺麗……」
その仕草を眺めていたキノは、うっとりとした表情で呟いた。
「じゃあ、次はキノね」
「ぼ、僕は、これでいいよ」
マコはじっとキノを見つめる。
「何言ってるのよ、そんなTシャツに短パンなんて男の子みたい」
呆れた顔で言う。
「僕は、男だ」
「はいはい、でもキノも着替えないと、迎えに来る人たちががっかりするから」
バックから何か取り出している。
「何故、変態たちのために着飾らないといけないのさ」
「浴衣は絶対そう言うと思った。この甚平なんか用意したんだけど、どう?」
藍色の地に風鈴の模様、あっさりとして、涼しげだ。
「ほらこれだったら、膝までのズボンだし、女の子みたいに帯び巻く訳じゃないよ。男の子にも見えるかも」
キノは手にとって頷く。やっぱりスカートや着物など、股が涼しいのは苦手らしい。
「浴衣とか着物って、下着とかどうなるの?」
マコは屈んで重ねた前を少し広げた。胸元の谷間を覗いただけだったが、キノの喉が鳴った。
「ブラしてると窮屈だから」
目が飛び出るかと思うほど、大きな瞳を更に見開く。その表情を楽しむかのように、マコは言った。
「普通はね、下もないんだって」
持っていた甚平をキノは床に落とす。
「みんな見えちゃうよ」
「やーね。何故、見える方で話が進むのよ」
彼女は少し笑った。
「大丈夫よ、キノにくっついて行くから。エスコートしてくれるんでしょ」
「も、もちろん」
鼻息が荒い。キノは手早く、甚平に着替えると拳を作った。
「あいつらから、しっかり守る」
ドンとフローリングを蹴って、踏み鳴らす。マコの側を鋭い風が通り抜けていった。壁に当たって、飾ってあったイラスト入りの額縁が落ちる。
「落ち着いて。もう少し、お洒落にしていこう。髪、結ってあげるから」
マコはキノの髪を編み込んだ。頭頂の左右に玉のようなダンゴを作り、其れから先は三つ編みで施された。嫌がっていたが、淡い化粧も加える。二人とも綺麗で可愛く仕上がった。
外でクラクションの音がする。丁度六時だ。いそいそと出てきた二人を見た時、宮島は開口一番は何も声が出なかった。ただ、じっと立ち尽くしている。
「ふ、二人とも、よく似合ってるよ」
姿に驚嘆していた宮島がようやく口を開いが、屋敷は未だに目を丸くしたままだ。だがキノは膨れている。女として意識されればされるほど、男たちの下心を感じてしまうからだ。そしてそれは、自分にも当てはまるのでなおさらだった。
「全く、男どもときたら」
ほんのりと艶のある唇に塗られた口紅が目立つ。宮島とともにキノも魅了されてしまう。
「さ、さあ、会場へ行こう! やっぱり今年は盛大なこともあって、あちこちから見物人が集まってきてるよ!」
屋敷が乗ってきた車へ誘導した。
『祭』とプリントされた法被姿の男が、赤く光る警告灯を振っている。四人が乗った車はその前で停止した。
「ここから先は行けませんよ。迂回して下さい」
助手席の窓が開く。
「おい、安西。オレだよ、オレ」
窓から頭を出して合図を送った。
「なんだ宮島か。何してるんだよ。おまえも青年団員だろうが、手伝えよ」
持っていた警告灯を、宮島の頬に当てる。
「今な、大事な接待中だ。うちのお客さんを花火大会に招待するところ」
「おまえんとこだけ、優遇できるかよ」
男は車の天井を警告灯で軽く小突いた。宮島は指で後部座席を指す。後部ウィンドウが下がり、不審顔の安西は中に頭を入れて覗き込んだ。
キノとマコは取りあえず手を振って、愛想笑いをする。
手に持っていた警告灯が滑り落ちた。何かを発そうとしているが、鯉のように口が空を切って声にならない。
「どうかしたのこの人?」
不思議がってマコが訊ねた。キノはその場を動かない男を睨みつけている。が、髪を結って化粧している小顔では威力がない。
そしてようやく男から言葉が出る。
「て、天使……」
おかげで、宮島たちの車は大会本部の駐車場まで入ることが出来た。
「進、何だ来たのか」
大会長の古田は、忙しそうに合図を送りながら、そう声を掛ける。
「おじさん、どう今日は?」
宮島は、彼の後ろ姿を見て言った。
「どうってもんじゃないぞ、今日は。この大会の歴史の中で最高だ。最大級の大玉があがるぞ」
「お客を連れてきたんだ。どっかいい席ない?」
「お客? 何も聞いてないぞ。こっちは、主賓の接客で大変だ。おまえ、適当にやってくれよ」
古田はずっと手を動かしている。法被姿は他の者と一緒だが、白いヘルメットを被り、首にタオル、手に無線を持っているところは、ひと味違う様相だ。頻繁に無線に会場状況の詳細が入っている。思っていた以上に、見物人が多いそうだ。車規制や会場への誘導、迷子や場所取りのいざこざなど、その度に古田は対応に追われていた。警察官の配備も例年の四倍とも言っている。
古田のいる大会本部は、打ち上げ地点より一番近い場所に設営されていた。いわば会場の最前列にあたる。打ち上げ地点部との連絡を取り、そのタイミングを計っていた。
「只今より、花火大会を開催いたします」
アナウンスが聞こえ、最初の大きなスターマインがあがる。歓声が沸き起こった。
「綺麗……」
人を縫って、移動していたマコは呟く。キノも見上げた。星の煌めく夜空に赤と金色の輝く粒が放射状に広がっていく。やがてそれは、流星群のように落ちていった。
花火という一瞬の出来事に、人は色々な想いを抱くことが出来る。
キノは、マコとここに来た理由を考えていた。自分勝手な思いつきで、こんな所まで連れてきてしまった。今までの自分の行動に後悔はしていないが、もう少し彼女のことを考えてあげれば良かったとは感じる。もっと楽しくなるように、みんなと来た方がよかったのだろうか。無理強いをしているのではないのか。
マコが何を考えているのかわからなかった。
続いて、二発目があがった。鮮やかな色の閃光が広がっていく。マコの横顔をキノは見つめた。花火の黄色や桃色の光で染まっている。夜空を見上げると色づいている。ふと黒髪の顔と瞳がキノをちらりと見た。手が揺れながら、何かを探していた。小指がまるで、垂らした吊り糸を引くように緩やかに動いている。キノの細長い人差し指が触れると、その小指はしっかりと絡みつく。
人混みの中で、この空間だけ空気が違っているようにキノは感じた。




