その9
澄んだ海の波は足元に絡みつき、白い泡だけを残して戻っていく。歩く砂浜の足跡がその度に消されていた。ログハウスに残してきたマコと宮島に気を掛けながらも、振り返ろうとする気持ちを押さえている。
バカな事をしているとわかっていた。気持ちが先走り、それを隠そうとすればする程変な言動と行動になってしまう。隠し事なんて、マコには多分無駄だろう。そう思うと、より真意を知られることが怖い。よく考えれば、彼女が自分の気持ちを知らないはずはない。それをマコが言わないのは、気遣っているからだろう。考えれば考えるほど、彼女が合わせてくれていることを感じていた。
「そんな僕の身勝手な行動に、付き合わせて良かったのか……」
足の上の砂を、波が浚っていった。ため息が出る。
「僕は一体、何をしてるんだ。彼女や周りのみんなに迷惑掛けて」
海風が強く吹いた。麦わら帽子がそれに乗って飛んで行き、クリーム色の細長い髪が靡く。帽子が遠い海面に落ちて、波に乗って流されていった。
「マコと心も身体もひとつになりたいと思うのは、欲張りなのかなあ」
足元に漂う小さいカニを摘まみ上げる。
「おやおや、また、帽子がどっか行きそうだよ」
頭上に海水が滴り落ちる帽子が被せられた。額の上から顔に水滴が落ちていく。振り返ると宮島が全身濡れたまま立っていた。
「海から取ってきた?」
キノはじっと男を見た。
「随分、流されようとしてたからな」
濡れた帽子が重たくなって鍔がしなりを帯びている。男が笑うと白い歯が見え、健康的な肉体が見事だった。
「あのさ」
キノは焼けた逞しい上腕を見て自分の腕を振り上げた。白く細い、しなやかで流れるような上肢が目の前にある。
「どうした?」
ふいに細い指先がその腕に触れた。宮島は驚いて、身動きが取れなくなる。
「……堅い」
白い指は上腕二頭筋を突いた。そして手掌で包み込んで撫でる。
「男って、やっぱりこんなに太く逞しいんだね」
「き、紀乃さん?」
我に返り、指先が止まった。その行動を隠すために濡れた帽子を深く被って背を向けた。
「何でもない」
右の肩を大きな手が掴もうとする。
「紀乃さん。オレは真琴さんに、君に触れないで欲しいと言われた」
「マコが……」
「それは、一体どう言う」
と言い掛けた時、周囲の波が立ち上がり、海水の飛沫が散った。その動く気配を察して、男の手よりも早く細い指が手首を掴み上げる。
「い、み……」
「言われた通りにしてろ」
そして捻った。濡れた体が海面から浮き上がって離れて一回転する。頭から海へもう一度落ちていった。
「あら、結構早かったわね。投げられるの」
遠くで見ていたマコは呟く。
「ダメよ。あの子は私のものなんだから」