その6
「何、真琴と連絡が取れない?」
花宗院大介は移動するリムジンの中で、初老の執事から聞かされた。
「三月亜紀那殿の返答では、一週間の休暇を全員に紀乃様がお与えになっていると」
「全員同時に、一週間もか」
大介は足を組み直して呟く。
「まさか、紀乃クンは私との約束を忘れてはいないだろうな」
真向かいの執事は手帳を閉じて訊ねる。
「何か、紀乃様と?」
「二人とも正式な夫婦とは言え、まだまだ未熟。そういう約束だ」
足を組み直した。
「お二人とももう十八歳で、今は成人の枠。何事もご自身たちで決定出来る年齢でございます。ましてや鈴美麗家とは表裏一体の仲、心配は無かろうと思いますが」
大介が鼻から上だけ分のスモークガラスを開けると、熱気が車内に入り込む。
「そう言うことでは無く……」
執事は沈黙で見守った。
「真琴、折角花火でも見に行こうと思ったのに」
胸からの携帯の着信音が、男を感傷から引き戻す。
「何だ、綾子」
「大介さん。あなた、紀乃ちゃんと真琴の邪魔してないでしょうね」
真意を突かれて、思わず妙な挙動で電話を落としそうになった。
「ば、バカな事を言うな。私は仕事で忙しい身だ」
大介は手払いする。執事はプライベート空間を作るため、車内カーテンを中央で締めて席を百八十度回転させた。
「それ本当? あなたのところ人たちが真琴を探しているようだけど」
もう一度、大介は電話を落としそうになるが、両手でしかりと持ち続ける。
「莫迦者、私はそんな暇な男ではないぞ。世界のビジネス王の……」
「いいから。あなたが心配する気持ちはわかるけど、二人はもう大人よ。あの子たちはの将来は自分たちで決めれるわ」
「あ、綾子。私は心配なぞ」
声が震えている。
娘を持つ男親は、とにかく心配したがるのが性分である。
「もしも二人が花宗院との約束が守れなくても、それは自分たちで責任を取るだけ」
「お、おい……」
大介は綾子の言葉に狼狽えた。正直なところ、マコを嫁に出したくなかった。もう少し、自分の娘として成長を見ておきたかったのだ。鈴美麗家と花宗院との間にある約束を交わさせたのも、実はまだ離したくないという裏返しの考えであった。それが花宗院との間をつなぎ止める理由にしたかっただけなのだ。
「大介さん。くれぐれも真琴の決めた通りにさせて。邪魔しないように」
「いい加減にしろ」
自分の考えが既に見透かされ過ぎている事を隠すため、通話を強引に切った。
「全く……。私だってわかってるさ。しかし、男には男のけじめってもんがあるだろ」
大介は怒って呟きながら、それでも寂しさを噛みしめる。カーテンが少し開いた。
「旦那様、お約束のお時間ですが、向かってもよろしいでしょうか?」
「平井」
隙間から初老の執事は様子を伺う。
「おまえの孫は、幾つになった」
「来年、小学生に上がります」
カーテンをゆっくり開けた。窓の外を見ている大介に声を掛ける。
「孫は、可愛いものですよ」
平井は暫し、仕事を忘れたかのように目を細くして想いを馳せていた。
「娘よりもか」
「旦那様。娘は自分の子、孫は娘たちの子。比べることが、いけません」
平井は年長の功で大介を悟す。一流グループの頂点に立つ大介も、こんなことは平井ぐらいにしか聞けない。
「自分の子ではないが、血は通っている。全く他人ではありませんがな。そこがいじらしい」
素直に大介は頷いた。孫が出来ること自体を否定している訳ではない。嬉しい反面、淋しさも入り交じっていた。そう、娘でなく母親になってしまうことに。
「真琴様も旦那様のことを気遣っておいでですよ」
平井は半場、大介を宥めるように囁く。
「連絡が取れんのが……」
無言となり、開けたスモークガラスの隙間から通り過ぎていく景色を見続けていた。