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キノは〜ふ! Return  作者: 七月 夏喜
第4話 キノとマコと花火大会(前編)
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その3


 二日後、鈴美麗家は静かだった。昨日早朝から慌ただしくキノから三名は追い出された。屋敷内はキノとマコ以外、誰もいない。

「本当に静かだよね」

 マコは縁側から庭園を見渡して呟いた。普段の朝なら亜紀那が掃いている姿や、後藤が庭木の体裁を整えている。一通り見渡すと、マコは縁側にある籐細工の椅子に腰掛けた。

「花宗院と違って、三人しかいないから」

 奥の部屋からキノはアイスコーヒーを運び入れて手渡す。彼女はキノがテーブルを挟んだ椅子に座るまで見て、そして呟いた。

「何の企み?」

 アイスコーヒーの氷が音を鳴らす。

 キノは平静さを失わないように、ひとつ咳をして呼吸を整えた。横目で庭を直視しながち、その行動の緊張感を出さないようにしている。

「フェイルさんや亜紀那さん、後藤さんたちに急に暇を取らせるなんて」

「あ、あのね」

 テーブル越しに向き合った。

「なあに?」

 透き通った眼差しを、これから壮大な事を言わんがために緊張を高めている者に向けて悪戯に注ぐ。反対に注がれている方は、その可愛い瞳に更に緊張感を高めていた。直視に耐えられず、赤面しながら顔を背けてしまう。テーブルを乗り越えてキノの顔の近くに寄り、瞳を大きく開いて見つめ直す。手を握り言った。

「何、キノ。はっきり言って。とても大切なことだよね」

 その仕草は、更に高揚させる。

「あう……」

 小顔が随分近くになり、吐息が頬をくすぐったが時だった。

「へ、変なこと考えていないから! う、海に行こう!」

 紅潮しているキノの顔を覗き込む。

「海……」

「そう、海に。マコと一緒に行きたい。白い砂浜があって海も透き通っていて、綺麗みたい。そこのコテージで一緒にいたい」

 その言葉にマコは瞳を見開いた。

「へえ」

 両手でキノの顔を優しく包む。

「私のために?」

「う、うん」

 緊張で表情が強張っていた。

「そんな素敵な場所なら、千秋ちゃんたち呼んで、みんなと行こうよ」

「だ、ダメ!」

 立ち上がり、腕を振って大きな声を出す。驚いたマコの手が止まった。

「……二人きりで行くの」

「二人だけ? いつでも二人でいるじゃない。寝室なんかずっとだし」

 彼女は首を傾げる。

「今だって、三人を家から出しているし」

「ここは実家だし、海とは違うから」

 指で仕草を作り、慌てて弁解するキノの額には汗が垂れていた。

「マコと二人だけになりたい。誰からも邪魔されないように」

 その強引な釈明の仕方にも気迫さえ感じられる。何よりも男としての真摯な眼差しは有無を言わせなかった。

「わ、わかった。誰も呼ばないのね」

 確かにここにいると、夏休みだし誰か人が来そうだ。

 二人だけでいたい気持ちは彼女も同じである。

「でもキノ。連絡先ぐらいは誰かに……」

「大丈夫、僕が亜紀那さんに教えておいたから」

 この計画のためなら、嘘つく。当然そんなことは彼女に教えてなどいなかった。


「ところで、海に行くんだったら水着も用意しなくちゃね」

 彼女は気を取り直して、その計画を進めることにした。

「マコの水着、新しくするの?」

 目尻を下げ、鼻の下を伸ばしてキノは指差す。

「そうね、私も新調するわ。けど、あなたの分もよ」

 マコも指差した。

「まさか、男子みたいに海パン一丁で泳ぐつもりじゃないでしょうね」

 この計画段階では自分の状況などを考えてる余裕なんてなかった。

「それに前の水着だって、もう無理ね」

 指先でキノの胸の先をツンと突く。

「あん!」

 思わず声が洩れて、胸を押さえて隠した。

「今は女の子なんだから」

 何故か嬉しそうに言い放つ。

「そ、そう。男に戻らなきゃ。でなきゃ計画が……」

「計画? 戻るのはダメ!」

 今度はマコが真剣な眼差しを向けて、キノを制する。

「……で、でも」

「スタイル抜群のおんなキノを、もう少し堪能したいもん」

 ほんのり淡く微笑む中に、すでに計画がバレていることを悟るキノであった。


 その日の昼からは、街中でショピングする二人の姿があった。一人は俯いていて、もう一人が、水着を体に当てて頭を捻っている。そうかと思えば、フィティングルームから出てきた小柄な黒髪の少女の水着に、どぎまきしているクリーム色の髪の長い娘がいる。「君はあんまり出しすぎだ」とか、「あなたは、もっと綺麗な肌を見せなさい」とか、時々二人は言い争いをしていた。その後無口になり、しばらく顔を合わさないでいると、黒髪の娘が店をから立ち去った。店を出ると、すぐに辺りにいた男の子に声を掛けられる。言い寄られることに彼女が呆れていると、長い髪の娘が店から飛び出してきて、その男を投げ飛ばした。二人は少しの間、顔を向き合わせて苦笑する。再び店に戻り、さっきと同じように、幾つか合わせ始めた。今度は二人ともにこやかだ。店員に薦められて、ようやく決まったのだった。



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