その1
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クーラーの効いた涼しげな書店内では、ちょっとした熱気が一部に発生していた。その場所には、赤いメガネを掛けてTシャツとショートパンツで身を固めている。クリーム色の長い髪を三つ編みにした者がいた。あるコーナーでずっと雑誌を読み漁っている。その時間はもう三十分近くになっていた。周囲に脇目もくれず、考え込んだり、頷いたりしている。
「あれ、女の子ですよ。ずっとあの場所にいますけど」
「ホントだ。そんなに興味をそそるものがあるだね」
店長と店員はカウンター越しに、そのおさげの者を見つめていた。
「けど、あの場所は、確か男性コーナーですよ」
隣に並んで立っている中年男性が、隣の挙動を少し気にしている。
「ちょっと、気になるので見てきます」
「おい、おい、やめとけ。お客様に失礼だぞ」
店員は振り向いて上目遣いに見つめた。
「でも店長、気になりません? あんな可愛い娘が何を見ているのかなぁ、って」
店長は一瞬、レジの店員を見る。そして、そのおさげ娘の方を振り返った。
「俺が行く」
カウンターから出た。
「店長、ズルいですよ!」
男はその声も聞かない。立ち読みされた本を整頓しながら、おさげの娘に近づいていった。
「肌が透き通る様に白い……」
間近に見るその横顔に、男はつい見とれてしまう。
「こんな綺麗な女の子がいるのか」
しかしその娘は気がつかない。店長は暫し見とれた後、本を確認した。
『トルガ 夏号』だ。
恋愛と性事情などを得意とする、比較的若い男性向けの情報雑誌である。今号の特集は『夏休みに向けてのイベント作りのノウハウ』だ。イベントというのは、女の子と付き合うことのみでなく、言わずもがな『最終攻略』である。
「何故、彼女が?」
店長は喉を鳴らした。整頓する手が緊張する。
「つまり……、男」
中腰のまま、あれこれ想像する男の手が留まっていた。
「いやいやいやいやいや」
妄想を振り切るように、激しく頭を振りながらカウンターを見ると、店員が手で合図をしている。背後から若い男性客が雑誌を取ろうとしていた。慌てて腰を上げる。その手を避けようと横に向いた際、思わず白い華奢な腕に当たってしまった。雑誌がこれまた細い足首の側に落ちる。手を出す前に、若い男が拾い上げた。
「落ちたよ」
若い男には見慣れた特集記事の表紙を見る。一瞥して渡そうとした顔が硬直する。店長にはその意味が優に想像出来た。
「ひょっとして、君が読んでた?」
手渡しそうとする男はその相手の表情を見て、再び固まる。ばつが悪そうに真っ赤になったへの字口は、欲情をそそるに十分だったからだ。
「ま、まあ。年頃の女の子も、男の気持ちも気になるよね」
吸い付いた男の視線がその容姿から外すことが出来ない。
への字口の唇が元に戻り、仕方なく手を出そうと細い指が動いた時。
「何なら、俺が手取り足取り、教えてあげよっか」
指尖が止まり、眉が怪訝で困ったように動いた。
「お、お客様! お探し物は見つかりましたか!」
中腰から背伸びをして、間に割り込む。そして雑誌を店長は無造作に取り上げた。ひとつ咳払いをして、その雑誌を元の場所に何事も無かったかのように戻す。
「これは俺じゃなくて、そっちの女の子」
「失礼しました」
と問答をしている時に、微かに風がエアコンとは違う方向に流れ、隣の移動の気配を感じる。ほのかにジャスミンの香りが鼻をくすぐった。
「ちょっと、邪魔」
店長の体の隙間からクリーム色の髪が揺らいでいる。そしてそれは棚の向こう側に消えた。背後を確認するまでもなく、店長はうら若き乙女の貞操を守ったかの如く、胸を撫で下ろす。
カウンターの店員はそれを見届けた後、おさげ髪の娘を目で探すが、辺りには気配が無かった。
「あ―あ、出て行っちゃたか」
蝉の大合唱の店の外で、白い肌の持ち主は拳を膨よかな胸のところまで持ち上げて、口を真一文字に結んでいる。
「夏は二人だけで!」




