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キノは〜ふ! Return  作者: 七月 夏喜
第3話 キノと芦川と偽りの恋人(後編)
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その16


 それは芦川の手の抜糸が済んで、一週間後だった。鈴美麗家のリビングに彼を迎えるのは、恐らくこれが最後である。

「パリに……」

「行こうと思う。向こうで俺の師匠が呼んでいるんだ。最後のチャンスかもしれない」

 マコとキノと向き合って男は言った。

「俺なんかが世界に通用するのかどうか、確かめてみたい」

 いつもとは違う決意を、その言葉にキノは強く感じる。実に頼もしく、荒々しい男の言葉だ。キノは凝視する。

「で、でも、先生、琴葉ちゃんは……」

 マコの心配は男の決意よりもそれだ。

「彼女は本当に良く尽くしてくれた。当然、今のことは言ったさ」

 芦川は二人から視線を逸らす。

「で、何か言ってた?」

 急ぎ早に訊き返すマコだ。

「特に何も」

「何も?」

 不思議そうな顔を見せた。

「そう。彼女は何も言わないで、それっきりだよ。今日まで逢っていない」

「琴葉ちゃんから、何もないって……、私から連絡してみようか?」

 居ても立っても居られないマコは身を乗り出す。

「いや、もういいよ。彼女も何かと忙しいのだろう。俺の怪我が治るまで、いてくれただけで嬉しい」

「で、でも……」

 彼女はスマホを取り出した。芦川はその手を一緒に掴んで動きを止め、首を大きく振る。

「いいから、真琴。これはおまえの問題じゃない」

 その言葉に我に返ったマコは、勢いがなくなってソファーに座り込んだ。

「真琴、君の好意はありがたいが、このままにしていてくれ」

 男が言う。

「琴葉さんも俺も、自分の意志でやっていることだ」

 蹴落とされたように、マコの肩が下がっていった。気遣うキノはその小さい肩を優しく撫でる。

「わかった……。何も、しない」


「いつ行くの?」

 今度はキノが訊ねた。

「明日だ」

 男は指を組んで膝に置く。

「明日か。結構、急だね」

「まあな。先に延ばすと、決心が揺らいでしまいそうだからな。俺が決めたことだ」

 芦川はマコを見た。先ほどの姿勢から、ずっと下を向いたままだ。

「マコ、聞いた?」

 項垂れたままコクリと頷く。そして膝の上で、スカートを握り締めた。

「……見送りに行く」

 マコは顔を上げ、憂いに満ちた表情を返す。

 芦川は反対にその言葉に救われたように、微笑んだ。

「ありがとう。真琴」

「僕も行く」

 マコを横目に男を見据える。

「もちろんだ。来てくれ、鈴美麗」

 今までの中で、一番素直に答えたように、キノには思えた。


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