その5
マコはベッドに横たわって、天井を見つめていた。
「わかってるのに、キノにあんなこと言うなんて」
額に置いている手を握りしめる。もう一方の手には、手紙を持っていた。
「最低。私、最低だ……」
マコはそう呟くと、持っていた物を見る。一度破られた紙片をセロハンテープで張り付けた、一枚の手紙。
「私、これを持っている資格無い……」
涙が溢れて、枕に伝っていく。
「あの時のキノの手紙」
「まだ、持っていてくれてたんだ」
マコは目を見開いて上体を起こした。瞳から溢れている涙を指で拭き、服と髪の毛を整える。
「食事、持ってきたよ」
キノはマコのベッドの側に、トレイごと置いた。
「腹ペコだろ」
彼女はキノをじっと見つめる。
「……怒らないの」
キノは答えなかった。
「さ、早く食べな、冷めるよ」
キノは隣の、自分のベッドに腰掛ける。
「ねえ、どうして怒らないの」
彼女は懇願するように問いかけた。
「ずっと、稽古ばかりしてたことは、謝る。けど、マコのことを忘れていたわけじゃない」
「わかってるよ……、わかってるのに、私、キノに嫌なこと言った」
「マコ。僕は、君を守りきれる、強い男になりたいと思ってるんだ」
キノがベッドから立ち上がると、軋んだ音が妙に響く。そのまま窓際に向かって歩き出す。
「キノ、ちゃんとなってるよ、今でも……」
マコの目はそれを追った。
「ダメなんだ、まだ」
「まだ?」
「マコから、女の子の気持ちのことや、おんなキノのことを言われた時……」
マコは身を乗り出す。
「みんながこれまで僕に付き合ってくれてたのは、男の僕じゃなく、おんなキノの僕だからじゃないかって、改めて思ったんだ」
キノは窓からぼんやりと、暗い外を見た。マコはキノの後ろ姿を見つめる。両肩はいつもより幾分か落ちていた。
「マコ、おんなキノのことを、考えることあるだろ」
「……あれは、ただ」
彼女は口ごもる。
「責めているわけじゃないんだ。君からの一言だけでも気になるなんて、僕もどこかで、彼女を意識しているのかも知れないって」
窓に風が当たり、サッシから音が鳴った。キノは窓に映る自分の顔を見て、触る。
「僕は、いったい何をしてるんだ……」
キノは背中に、マコの細い体から発せられる体温を感じた。
「ゴメンね。私、わかってるのに、困らせてばかり」
「そんな」
キノは優しい。
「おんなキノこと言ったり、花宗院との約束のことや亜紀那さんにも迷惑かけたり。自分でも嫌になる」
「いいんだ、そんなところも含めてマコなんだ」
キノは彼女の手を握った。
「僕はマコを守る。そしてみんなを守る。そのために僕は強くなりたい。今よりもずっと強く」
マコはキノの横顔を見ながら思う。
『おんなキノ』。彼女と決別する願いを込めて、キノはクリーム色の細長い髪を短く切った。キノは彼女に男子に戻ることを誓った。奇跡が意志を持つことなど、あり得ない。だが、二人の間には確かに通じるものがあったに違いなかった。
「わがままついでに聞いて。私、逢いたいの……」
キノは振り被った。可愛い顔が近くにある。突然マコは、キノを抱き締めた。胸に埋めたマコの心臓の鼓動を感じる。
「もう一度、逢ってみたいの」
「そ、それは、マコの頼みでも無理だよ」
「知ってる。触れてみたいの。もう一度、あの子の肌に」
キノは押し黙った。マコが顔を上げた瞬間、口走る。
「戻れって、言ってるの」
「違うけど、そう……」
彼女の瞳は、嘘をついていなかった。キノは困惑する。マコの両肩を持って支える。
「私、しっかり彼女とお別れしなかったから」
「もともと僕じゃないか」
マコは首を横に振った。
「キノは、女の子じゃない」
それを聞いたキノは、ひと息吐き、そのまま無言になる。
「ごめんね。また困らせてる……」
マコは呟いた。