表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キノは〜ふ! Return  作者: 七月 夏喜
第3話 キノと芦川と偽りの恋人(後編)
45/87

その11


「おいおい」

 ビルの陰で煙草を吸っていた北川は咳き込んだ。駅前で黒いスーツの男達が女性を道端で、経営するスナックやキャバクラ店の勧誘をしていた。北川は仲間に声を掛けて指差す。

「へえ、すげえ可愛いくね」

「声掛けてこい、佐野。滅多に見ないぞ、あんなに上玉。いつもの手を使って口説き落とせよ」

 顔を綻ばせて佐野は返事した。

「任せて下さい。絶対に今日中に店に連れて行きますよ」

 襟を立て直して男は琴葉の前に飛び出し、腰を曲げて声を掛ける。


「こんにちは」

 急ぎ足の彼女は何も言わず、その障害物をするりと避けた。しかしそれは一緒に動いて、行く手を阻む。琴葉は更に反対側に足を向けた。だがそれも無駄となる。

「ちょっと、ちょっと彼女、お話できませんか」

「すみません、今、急いでますから」

 踵を返し、振り切ろうと更に前に出た。

「ほんのちょっとだけ」

 佐野は彼女と同じ向きに、纏わり付くように腰を落として付いてくる。

「これから用事があるんで」

 男を睨む琴葉は、もうひと足先に出した。だが障害物がひとつ増えて壁になる。

「すみません。こいつ今日が初めてで、不慣れなんです。何か失礼なことしましたか?」

 彼女の苛ついた感情が言葉に現れる。

「もう、あなたたち何なんですか! 通して下さい!」

「ほんのちょっとだけでいいんでです。話し聞いてもらえないですか。いい仕事の紹介なんですよ」

 もう一人の障害物、北川が佐野よりも前面に出た。

「あなたに特別にお教えします。時給はですね……」

「しつこい!」

 琴葉は威嚇的に肩を上げて、掛けていたバックを振る。これを待ってましたと言わんばかりに、佐野はその前に顔を突き出した。バックは当然当たって、男はそのまま道に大げさに横転する。

「いっ、痛てえ!」

「あなた、勝手に……」

 彼女は立ち止まった。

「あれあれ」

 北川はポケットに手を入れて、琴葉の前に寄って来る。

「すみませんねえ、ご迷惑かけて。こいつ、別に故意じゃないですよ。あなたが振り回したバックにたまたま当たっただけですから」

 男は鋭い眼で琴葉を睨んだ。

「申し遅れました、営業担当の北川です。今回は僕の話し聞いてくれてありがとう」

「一体、何ですか、あなた達は!」

「何でもないですよ、短期的にお金を稼ぐお仕事を紹介しているだけです」

 不敵な笑いを浮かべる。

「取りあえず、あいつうちの職員なんですよ。怪我されちゃあ、今日の仕事できないないなあ。ちょっとだけ、あなたが手伝ってくれませんかね」

「そんな訳のわからないことを」

 後退りをする琴葉は困ったように叫ぶ。

「関係ないってことないよなあ。最初に暴力振るったのは、そっちですよ。こいつ震えてますよ。これ、どうしてくれるんですか。何なら警察呼んでもらってもいいですよ」

「くっ!」

「通行人の皆さーん! この人、いきなり人をバックで殴って、謝りもしないんですよー!」

 周囲に聞こえるように、北川は声を上げて触れ回った。佐野はその場にうずくまったまま転がっている。野次馬が動き出す。

「わ、わかったわよ、謝ればいいんでしょ!」

 彼女の少し声が上づった。

「謝ったって、こいつ、仕事できないから。だから、お店手伝ってよ。それでチャラにしましょうや」

 次第に周囲が人集ひとだかりになっていく。野次や耳打ち、非難する無責任な言葉が飛び交っていた。

「な!」

 三人を囲み出す野次馬たちに、琴葉は戸惑う。


「当然でしょ。あんた、みんなに迷惑かけてるんだし」

 その言葉に膝が崩れるくらい琴葉は戦いた。

 これまで気にしながら気にしていない振りをしていた日常。人と関わり合うことを極力少なくしていた日々。強がりを言っても逃げてばかりでは、そんなことすら叶わない現実。何も叶うことなどない。

 花宗院という名で手に入れている訳ではないとわかっている。彼女には、彼女を信じてくれる大切な人々がいる。そして、全てを叶えている真琴を、羨ましいと思う自分に嫌気がさす。

「ああ……」

 自分という存在は何者だ。


「さあ、どうするんですかね」

 北川は口元を吊り上げて、一歩彼女に近づく。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ