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キノは〜ふ! Return  作者: 七月 夏喜
第1話 キノとマコとおんなキノと
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その4


 道場でキノはじっと正座をしていた。精神を極限まで研ぎ澄まそうと高める。しかし体は正直だ。心と同期するように、僅かに揺れ動いていた。

「もう、ダメだ。全く」

 眉間に皺を寄せて、頭を垂れる。足を崩してあぐらをかいた。行き場のない気持ちを拳に込めて床を叩く。

「みんなを守るために、稽古しているに。全然足りない。これくらいだなんて」

 呟きながら、叩いた拳を見た。白い肌に少し赤味を帯びている。

「傷つけちゃ、だめなのかな……」

 もう一度床を叩いた。今度は痛みが走る。

「つ……」

「キノ様」

 両肩を上げて驚き、振り向くと亜紀那が背後に立っていた。

「亜紀那さん、いつ……」

「おかしいですよ、キノ様。私の気配に気がつかないなんて」

 隣に正座する亜紀那から、ほんのりと幼い頃から知っている匂いをキノは感じた。

「最近、ちょっとした事ですぐに心が動揺するんだ。もっと頑張らなくちゃ」

 キノは唇を噛みしめる。亜紀那は赤くなっている拳をそっと触れ、撫でる。

「こんなにして。ゆっくりでいいのですよ。ゆっくりで……」

「僕は早くあなたとフェイルを、安心させたいと思ってるのに。早く一人前の男になりたいと思っているのに……」

 亜紀那は撫でていた手を強く握る。

「お気持ちは嬉しい限りです。しかし焦ってはいけません。キノ様」

「けど、僕は、弱い」

 亜紀那はキノを抱きしめた。キノの頭が彼女の胸に埋もれる。幼い頃両親を亡くしたキノを安心させる行動だった。

「私は知ってる。あなたは、優しくて強い子です」

「こんなことしてたら」

 キノは頭を挙げて、亜紀那の手を振り解く。

「あなたたちに甘えていては、ダメなんだ」

 

 物音がした。二人は振り向く。

「たっ、ただいま……」

「マコ」

「あ、あの……、リビングに誰も居なかったから、その……」

 マコは何だか、気まずい場面に出くわしたかのように押し黙った。顔が幾分、狼狽えている。

「おかえりなさい、マコ様。お出迎えが出来ず、申し訳ありません」

 亜紀那はキノから離れると、マコの側に歩いてきた。一礼して道場から出ていく。残されたキノとマコは、じっとしたまま沈黙していた。やがてマコは重い口を開く。

「何、してたの」

「別に、精神統一していただけだよ」

 マコは持っているバックを握り締めた。

「亜紀那さんに抱きしめて貰うのが、キノの精神統一なんだ」

「ち、違う」

 キノは立ち上がる。

「どうして? 道場で稽古ばかりで、私はいつも置いてけぼり」

 マコはキノに歩み寄った。

「それに結婚してから全然、ふれてもくれない」

「何言ってるの、マコ。僕は、花宗院の……」

 彼女は手に持っていた袋をキノに投げつける。それは受け取る間もなく、床に落ちた。

「何が、花宗院よ。私は鈴美麗家に嫁いでいる」

「マコ……」

「あなたが決めればいいじゃない。お父様やお母様よりも、私はあなたの言うことについていく」

 キノはただ、黙っているしかなかった。

「キノの側にいるのが、私じゃなくてもいいんだったら、私が必要ないんだったら、そう言えばいい。すぐ出ていくから」

「マコ、何を言い出すんだ。僕は」

 彼女は顔を逸らす。寂しげな横顔がキノの口を閉ざした。

「行くわ。夕食の支度あるから」

 小走りでマコは道場を出ていく。キノにはそれを追えなかった。

「君の言う通りだよ……」

 足元に落ちている袋を拾い上げる。

「僕はなんて情けないんだ」

 袋の中には、真新しいスポーツタオルがあった。


 夕食にマコは現れなかった。支度をした後に、ずっと部屋に閉じ隠っている。

「あの、キノ様。マコ様は先ほどのことを、気にしてらっしゃるのでしょうか」

 亜紀那は不安気な顔で見つめた。

「違うよ」

「でも、支度をしている時、何も声を出されなかった……」

 キノは口を真一文字に締めて答えた。

「差し出がましいとは思いますが、私からマコ様にお話した方がよろしければ」

 彼女は畏まっている。

「ありがとう。でも、いいんだ」

 キノはわざと明るく言った。

「……ちょっと心配です」

「亜紀那さんが心配すること無いよ。これは僕の問題だ」

 キノはご飯をかき込んだ。

「亜紀那さん。僕は、誰よりもマコが好きだよ」

 亜紀那は少しだけ笑みを浮かべると、肩を撫で下ろす。

「はい」


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