その2
「わかった。じゃあ、俺の言う通りのことするんだな」
胸にある頭が再び動く。
「頭を上げろ」
ゆっくりと頭が動き、小さな顔が現れる。大きな瞳は濡れ果て、真一文字に閉めた唇は桃色には見えない。それは全体的に青ざめているとしか言いようがなかった。しかし芦川はその表情でも驚嘆の声を上げずにはいられない。
「それでも、おまえは美しい……」
攻撃的だった瞳が、今は追い詰められた子鹿の様に見つめる。
「鈴美麗、俺は一度もおまえに男を感じたことなどない。おまえの姿態は女だ。どう見ても、女だ」
男の目が肩から胸に移った。そして再び正面に戻る。
「そんな美しい女が目の前にいて、正気を保っていられるほど、俺は人間が出来ていない」
キノはその言葉を聞き少しだけ瞳を見開いた。覚悟を決めるに時間などいらない。強張る肩の力がゆっくりと抜け落ちていく。
押さえていた手を放し、男は咳払いをした。
「だ、だから、そんな萎んだ顔はやめて、早く服を着ろ」
放棄していた瞳が再び開く。目の前にいた芦川はもう窓の近くのソファーに座り、外を眺めていた。
「バカだよ、おまえ」
全身の力が抜けて、キノはその場に座り込む。そして次は顔中が火照りだした。慌てて、露わになっている胸を隠す。
「全く……。真琴のために体張ってる奴を、俺がどうするってんだよ」
そう言いながら眼下に広がる光の粒を見ているその顔は、幾分安堵しているかのようだった。
「おまえには完全に負けたよ。負けを認める……」
そう呟いて、缶に残っていたビールを飲み干して思いっきり潰した。
「おまえはやっぱり、真琴が一番に大切にする、奴だよ」