その12
キノと芦川は薄暗くなって、仄かに灯り始めた街中を歩いている。
ゴスロリの服は『プリティサジタリウス』で着替えてきた。店長をはじめ、店内のスタッフたちに散々写真を撮られまくられた。その中に『如月邦彦』がいたので千秋の行動を耳打ちすると、驚くこともなく、ただ笑って「おまえとまだ友人であることが、何故か安心するんだ」ときた。相変わらず偏屈な男だ。まあ、それが千秋を包容出来る器となっているのかどうか。
「何か、もの凄く旨いもの、食べさせろ」
「わかった、わかった」
今は高校の制服姿だ。家を出る時、極力怪しまれないように無難な格好にしたのだ。それさえもキノが着こなすと、有名ブランド服にさえ見えてくるのは事実だ。
「それにしても制服もまずいな。着替えないか」
「またか。僕は着せ替え人形じゃないぞ。やだよ」
キノは男を睨みつけて口を尖らした。
「今度はもっと似合うやつだよ」
そう言うと芦川はキノの手を引っ張って、高級ブティックに入り込む。店内はガラスが多用されていて、照明は艶やかに反射していた。色とりどりに着飾ってある服が、キノを囲む。
「好きなもの選べよ」
「へえ」
キノは別に女性の服に特別興味はない。しかし「おんなキノ」が着るとしたら、どんなものがいいかと考えてみた。
「みんなから、綺麗とか美人とか、胸がでかいとか、言われるな今回は……」
キノは店内を物色する。様々な服を手に触っては、摘んだり、広げたり、鏡を見ながら、自分にあてたりしていた。ふと、マネキンに着飾れているスカイブルーのワンピースが目に止まる。一緒に肩掛けに羽織られている、ひまわり柄のニットの白いカーディガンも合っていて良かった。
「これか。着てみろよ」
そんな光景を見ていた芦川は、満更でもない顔で言った。近くにいた店員に声を掛ける。
「いいの?」
キノの表情は意外にも明るかった。
「い、いいから。着るだけ着て見ろよ」
その笑顔に男は照れる。
「はあ……」
ため息がこぼれる。凄く似合っていた。鏡に映るキノはやはり、美しい。瞳をあちこちに移して口元を引き締めたり、緩めてにこやかにしたり、柄にもなくポーズを取ったりしていた。絡んでいる細長い髪を整える。自分でも心臓の鼓動が高く聞こえていた。髪を手櫛していた指の動きが止まる。
「何やってんだ、僕は。早く帰らなくちゃ、マコが心配する」
ふと我に返ったキノが、外しかけたカーディガンのボタンに手を掛けた時だった。
「どうでしょうか、お客様」
店員がカーテン越しに声を掛ける。
「まあ!」
キノは驚いて肩を吊り上げた。
「素敵!」
店員がカーテンを少し開けている。芦川もそれ越しに覗き込んだ。
「見るなよ」
胸と大腿を手で隠して、何故かキノは赤い顔をする。
「に、似合ってるじゃないか」
想像していた以上のその存在感に、男は呆気に取られた。そしてそれを隠すよう目を逸らせて腕を組む。
「あと、こいつに似合う靴はないかな」
「かしこまりました」
店員は幾つか、合いそうなものを持ってきた。ローファーの革靴の隣に並べる。キノは真剣な眼差しで選び始めた。
やがて、ワンピースのラインを引き継ぐかのように、裾から突き出す細い下腿の先を収めるシンプルだが、気品のある白いパンプスが決定する。
「おい鈴美麗、それで出てこい」
「嫌だ。着るだけだ」
キノは頬を膨らませて腕を組んだ。芦川は手に紙袋を下げている。
「だってほら、制服、ここだぞ」
「い、いつの間に!」
あの中には生理用品も入っているのだ。
「おまえが、足元を選んでる時」
息を吐いて、そろりそろりと顔を出して周囲を確認しながらフィッティングルームから出てきた。
「エクセレント!!」
店員は驚嘆し、拍手する。その場にいた人々のざわめき声が聞こえた。
一瞬で注目を浴びるその姿に、芦川は至極満足な笑みを浮かべる。
「そうだ、おまえは美しい」
赤面したままキノはその場に立ち竦んだ。
「どうなってるんだよお」
「いいねえ、輝いてるよ。今日のお詫びにプレゼントだ」
「別に要らない。ちゃんと払うから」
唇を尖らせて断るキノに、少々困った顔をする。
「おまえの気持ちもわかるが、気にするな」
「気にする」
鞄を探そうとしたが、それも芦川の手の内にあるのを見て溜め息が洩れた。
「ここは俺に花を持たせろよ」
「それは僕が女ということか」
一瞬でも、その濡れる瞳と姿態に目を逸らすことが出来ないことに男は気づく。
「あくまでも、芸術的に、だ」
慌てる芦川は取り繕ろうように咳払いした。
「折角、着たんだ。もう一軒つき合え」
店から出るや否や、男は細い肩に手を掛けて寄せる。キノはそれを払った。
「芦川、言っておくけど、僕は……」
「タクシー!」
キノの意見など聞く間もなく、芦川はタクシーを止める。ドアが開くと乗り込んで、キノを手招きした。
「おい、早く乗れよ。おいしい店に行くぞ」
「いやだ、帰る。マコが待ってるから」
キノはそっぽを向く。
「じゃあこの制服、俺の知ってる店で買い取ってもらおうか。脱ぐ直前の写真付きだ。マニア沢山いるから、すぐ売れるぞ」
ひらひらとスマホを振る男をキノは睨んだ。
「ば、ばか。返せ!」
手を伸ばした途端、芦川はキノの細い腕を引っ張って車中に引き込む。その身体はふわりと宙を浮いたかのように軽く、男の胸に納まった。
「運ちゃん、行っていいよ」
キノは一発、顔面を殴って仰け反る。今は力が出ない。
「まあまあ、次で最後だって」
しばらくはまともな攻撃が出来ないことに、キノは思わず舌打ちした。
「おまえさあ、真琴ばかりといちゃつくなよ。男同志の付き合いも、大切だろ」
鼻血を出しながら、芦川はニンマリとする。
「やっぱり、嫌な奴だ」
キノはハンカチを出して顔に投げつけた。




