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キノは〜ふ! Return  作者: 七月 夏喜
第2話 キノと芦川と偽りの恋人(前編)
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その8


 キノは時計を見た。芦川のお見合いが始まっていることを確認する。

「よし、千秋。行くよ」

 キノは立ち上がった。口元をナフキンで拭く。

「待ってよ、キノちゃん。口紅が落ちてる」

 千秋は顔の化粧と少し乱れた服を整えた。

「ちょっと胸が、苦しい」

 胸の辺りの紐を結び直す。

「食べ過ぎだよ。いや、胸が大きくなった」

 赤面を隠すかのように、キノは両腕をグルグルと振り回した。体を動きやすくする。

「マコさんと二人で揉み合いっこした?」

「千秋!」


 廊下に出ると静かな時間が流れていた。獅子脅しの音が遠くで聞こえる。千秋はキノの背後から、辺りを気にしながら歩いていた。

「トイレ行きたくなった」

「ええ! その衣装のままは大変だよ」

「でも、ダメ」

 キノは股間を押さえる。

「どっちに入るの? 男、女?」

「女子女子!」

 内股になりながら、有り得ない格好で藻掻く。

「出てきたら、また整えるから、早く!」

 千秋も焦ったように言った。慌ててトイレに駆け込む。洗面台に映った姿をチラリと見てドアを閉める。

 まだ困惑していた。この縁談を中止させることが、果たしていいことに結び付くのかどうか、わからないでいる。

「こんな格好でどうこうしたって、変わるものは変わるし、変わらないものだってある」

 と、キノの動きが止まった。

「そんなぁ、こんな時に。通りで下腹部が重たいと思った」

 腕を組んだ。時計を見る。

「時間がない」

 キノはスマホから千秋に連絡した。

「まさか生理がくるとは、計算してなかった。力が出なくなる」

 女子の時の生理日には、全く男としての力が無くなってしまうのだ。むしろ色気立って仕舞うのが弱点だった。


「あいつ、何やってんだ」

 障子の向こう側を睨むように呟いた芦川は悪態をつく。

「貴文、何か言ったか」

 芦川の父、公助はじっと正座をして相手を待っていた。

「先方の都合に合わせてある。心配するな」

「親父、いつまで待ってるんだよ。来ないんじゃ無いのか」

 不満を欠伸に変えて、もう一度悪態を見せる。

「おまえ、今日の相手を知ってて言ってるのか? ちゃんと相手の紹介状を送ったの見たのか」

 父親の小さい真剣な眼に、芦川はキョトンとして見つめ返した。

「誰なんだよ」

 面倒くさそうに呟く。

 公助はため息の後、呆れた顔をした。が、その後再び顔が引き締まって畏まる。

「花宗院殿からの紹介だ」

 父親は低音の小さい声になった。

「え? 花宗院?」

 芦川は驚き、目を見開いて聞き直した。

「声に出すな」

 息子の声を制止させる。

「なんだよ、そりゃ。何故、花宗院が」

「そんな事わしにもわからん。どうしてもおまえに逢わせたい人らしいのだ。わしとて、良い話だと思う。おまえが早く所帯を持つ事に関してはな」

 公助は苦笑した。

「俺はな、結婚などしないからな。いつも言ってるじゃないか」

 息子はこの見合いの予期せぬ状態に堪り兼ねて、少々苛ついて言う。

「そんなもんすぐに結婚せんでもいい。取りあえず、逢ってみて考えればいいことだ。貴文、女遊びも大概にしておかんと、そのうち誰にも相手にされなくなるぞ」

「お、親父、あのなぁ」

「花宗院殿の愛娘も結婚されたじゃないか。ほら、おまえが大学の時に教えていた……」

「真琴」

 訝しげに芦川は答える。

 頭に数週間前に会ったマコの笑顔が浮かんだ。

「そうそう、真琴さんだ。花宗院殿は跡継ぎのために、養子を迎えるものばかりと思っていたが、違うらしいな」

 全てを知っている芦川は無言になる。

「不思議だ。あの世界の花宗院家に見向きもしない人間がいたんだ。しかし、よく花宗院殿は、真琴さんを嫁に出すことを許したな。よほど彼の目に叶う、凄いお相手なんだろう」

 父親は深く頷いた。感心しているようだ。

「凄い相手か……、確かに凄い奴だ」

 芦川には今度は、キノの顔が浮かぶ。

「しかし、もはや花宗院家は存続できん」

 断言する公助は目の前のお茶を飲んだ。

「もったいない。あそこまでの巨大グループが絶えるとはな」

「本当にそう思うのか。親父は、真琴の相手が誰か知っているのか」

 父親は息子の顔を見る。その形相に少し驚いて首を横に振った。

「いや、知らん。おまえは知っているのか」

「鈴美麗だ」

 公助の腰が浮き上がる。

「な、なんと!」

 大きな声を出し、更に中腰になるまで上体を起こ

「親父、どうしたんだ?」

 気持ちを落ち着かせ、父親はもう一度正座に戻った。

「そうか、それならば、話はわかる」

 驚きと共に、安堵感を示す。

「一体、何がわかるんだ」

「花宗院家と鈴美麗家か。信じられないが、日本の中心が、そこにあるなんて」

「はあ?」

 芦川は足を崩して、公助の不審な言動を聞き入る。

「何なんだ」

「実態はわからんが、聞いた話だ。花宗院家は経済をはじめ、国家政治さえも動かすことの出来る存在。その反対に鈴美麗家は、攻撃・防衛で、国土一と言わしめた家系。その昔の言わずと知れた過去には、決して口外されない一族の暗躍が存在したらしい」

 父親の額に汗が滲んだ。

「二つの家系は互いに表裏一体の存在であり、味方の時もあれば敵同士の時もある。その昔から両家には会い交わせぬ、秘められた過去もまた存在するらしい」

 キノの強さを思い出し、芦川は少し顔を青ざめさせる。

「まあ、どこまで本当か嘘か、わからんがな。まあ、おまえは知らんでも良いことだ」

 父親は息子の顔を見ずに、お茶を啜った。

「しかし、おまえと話をするなんて、久しぶりだな」

 息子の側で少しだけ笑う。

「表裏一体……。俺は何か余計なことをさせようとしているのか」

 不安気に呟く、芦川であった。


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