その6
「決めたわ、キノちゃんの勝負服」
「なんだよ、勝負って」
メイド喫茶『プリティサジタリウス』で千秋が鼻息荒く言う。
今日は昼から芦川のお見合い合戦が始まる日曜日だ。昨晩から彼に連絡を取っているのだが、一向に繋がらない。出来ることなら、やはり断りたかった。よりにもよって花宗院家の後ろ盾があるとは、思いもよらなかったからだ。何か不吉で悪寒が走る。
「最高のデザインよ。これは勝てるわ」
恍惚としている店長が微笑んだ。
「だから、誰に勝つのさ」
キノは二人が言っている意味がわからない。
「とにかく、これで戦さに乗り込んで頂戴」
千秋はロッカーから外に連れ出した。更衣室内のメイドスタッフたちが驚嘆の声を上げる。
「ち、千秋。本当にこんなんでいいのか? これが令嬢の服なのか」
「間違いない、絶対に、多分」
「多分って!」
千秋はキノの手を引っ張り、更に店内に出た。するとそれだけでキノを見た客の三人が卒倒する。
ゴスロリの格好のキノは、この服が誰に受けているのか理解不能だ。しかし確かに、効果はあるらしい。黒を基調とした、半袖ワンピース。赤いリボンは胸と肩、丈のスカートについていて、スカートはレースのフレアになっている。長い髪は二つに分けられカールヘアに、束ねるリボンは白い。長い脚にはピンクタイツ。そして赤いエナメルの靴が足元を輝かせていた。キノの白い顔にはナチョラルな化粧が施され、長い睫がさらに色濃く飾られ、艶と弾力のある桃色の唇は発色のある鮮やかなサーモンピンクを帯びさせている。
「これ?」
窓に映る自分の姿を見て、改めてその姿に驚き立ち留まる。
「千秋、これなのか、これがいいのか」
両手を振りあげて、拳を上下した。その度にくるくると巻いたロール髪が揺れる。
「マコさんも良いけど、やっぱりグレードアップしたキノちゃんね。鈴美麗家のリーサルウェポンだわ」
「だから戦いじゃなくて、お見合いに行くんだぞ!」
「いいじゃない、あなたがする訳じゃないんだし」
そう言うと彼女の目が何かを差している。背後から店長が、息が止まる程はがい締めして抱きついた。
「あう!」
悶絶する美少女の表情が、店内の客を更にニ人ほど倒す。
「て、て、てん、ちょうおう」
キノは店長の腕を三度タッピングした。その腕が緩む。
「連日徹夜でやってたみたい。キノちゃん、あの娘のこと、よろしくね」
「ち、千秋の」
ため息を深くついて口を真一文字に締め、キノは拳を振り挙げる。
「ええぃ! 男は黙って、突き進むのみだ!」
「キノちゃん、可愛い! いえ、格好いい!」
店内が一気に華やいだ。
その頃、鈴美麗家に一本の電話が入る。
「花宗院様、あいにくキノ様はお出かけになっております。マコ様はいらっしゃいますが」
亜紀那の後ろから、マコが歩いてきた。
「誰?」
「花宗院綾子様です」
「お母様から?」
それまでの表情から、明らかに顔が晴れる。彼女は亜紀那から受話器を受け取った。
「真琴ちゃん、元気にしてる?」
電話の向こう側の綾子の顔が、マコには頭に浮かぶ。彼女の声も弾んだ。
「はい。お母様も如何ですか」
「元気よ。ただ大介さんとお屋敷は、ちょっと寂しそうだけど」
「お母様……」
彼女は暫くその場に佇みながら、綾子との会話を楽しんだ。
「キノに用があったのですか?」
「みんなで久し振りにお食事はどうかと思っててね。紀乃ちゃんいないんだったら残念ね」
やや落胆の声の後、急に声色が変わる。
「ねえ、真琴ちゃん」
「はい」
「そちらが良ければ、こちらに遊びに来ない」
「いいの?」
綾子はため息を付く。
「いいのって、ここはあなたの家よ。たまには帰ってきて顔見せて。大介さんも喜ぶわ」
マコは振り返って、近くにいる亜紀那の顔を見た。彼女はもうその事情を察していて、微笑んで頷く。
「少しくらい、甘えて欲しいわ。お母さんも」
「うん……」
急に両親が恋しくなった。家を出てから、半年が過ぎている。寂しくないと言えば、嘘になる。確かにマコはキノといると心が安らぐ。しかしその愛情とは、別の感情がある。親のいないキノのことを考えると、両親に逢いたいなどと彼女は言えなかった。言ったとしても、キノとの間に何か問題が起こるとは思わないが、後ろ冷たい気持ちもあったのだ。
「マコ様、こちらは大丈夫ですよ」
亜紀那の小さな声が聞こえる。
「行く。今から花宗院へ行くから」
マコの声が、再び弾んだ。
「そう。楽しみにして待ってるから、気をつけて来てね」
鈴美麗家の門前で運転手の後藤が、自家用車の前で待っていた。
「マコ様どうぞ」
後部席のドアを開け広げた。
「ありがとう。後藤さん」
「たまには里帰りも良いことでしょう。キノ様のお相手は私共に任せなされ」
いそいそとマコは後部座席に乗り込む。ドアが閉まるとともに、ウィンドウが下がった。
「亜紀那さん、後のことお願いいたします」
マコは顔を出す。
「ゆっくり、してらしゃって下さい。お帰りの際はお呼び下さいね。すぐにお迎えに参りますから」
後藤がトランクに荷物を入れた。
「マコ様」
もう一度亜紀那が窓に顔を近づけると、再びマコは窓枠に手を掛ける。
「キノ様に、お電話をお入れ下さい。あのお方は、マコ様がいないときっと寂しそうにされますから」
「うん」
亜紀那のウインクにマコはクスリと笑った。




