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キノは〜ふ! Return  作者: 七月 夏喜
第2話 キノと芦川と偽りの恋人(前編)
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その4


 芦川からの頼みとは、『仮の恋人』を演じて欲しいとのことだ。今週の日曜日に両親が用意した御見合いがあるらしい。その席で『実は付き合っている人がいる』というふれ込みで登場し、見合いを見事に失敗させて欲しいという所望だ。

「本当にみんなを騙してまでも、することなの?」

再び訝しげな顔をしながら、男の顔を覗き込む。

幼少期に両親を交通事故で亡くしているキノには、親子間の心情や葛藤がわかるはずもなかった。だからこそ、芦川の肉親がどんな思いで今回の御見合いを用意しているのか見当もつかない。それを第三者が軽々しく気持ちで踏み荒らしたくない、と言うのが本音である。

「そんなに心配そうな顔をするなよ。いいんだよ、いつものことさ。今まで電話で軽く断っていたんだが、親がいい加減痺れを切らしてな」

 悪戯をする子供のような口調で続ける。

「今回は俺の意志に関係なく話を進めているので、止むを得ない対処だよ」 

 キノはそんな顔をよそに、腕を組んで唸った。

「ご両親がそんなに気を遣っているのは、あなたに早く落ち着いた生活を望んでいるってことでしょ」

 眼前の芦川は苦笑する。

「今のおまえにはわからんよ。俺は結婚なんて全く考えていない。真琴以外にはな」

 眉を吊り上げ、キノの口元が引き締まった。

「怒るな。これは素直な気持ちだ。それに俺はまだやりたいことがあるんだ。結婚などに縛られたくない」

「それがマコだったら、いいのか」

 再び鼻息が荒くなる。

「俺は彼女が中学生の時から、そうなりたいと思っていた。真琴は俺には特別だ。安堵と癒やしの愛情があって支えてくれる、というか」

 キノの大きな瞳が少し細くなり、その奥に敵意が宿った。

「いつもそばにいて、寄り添って欲しい。おまえが手を引いたら、すぐにでも……」

 惚けていた芦川はそう言い掛けて、唾を飲む。目の前にいる者の顔が真っ赤な顔をして、今でも飛びかかってきそうになっていたからだ。

「と、とにかくだ。おまえは俺が合図したら出てきてくれさえればいい。俺の隣に座って、愛想を振りまいていろ。後は上手くまとめるから」

 にんまりと男はほくそ笑む。

「おまえみたいな若くて美人なお嬢様が出てきたら、相手も叶わないって逃げ出すさ」

 キノの眉間には、ますます皺が寄った。

「マコには絶対、このこと言うなよ」

「当たり前じゃないか。そんなことしたら俺も不利になる」

 今度は芦川が胸を張って鼻息を荒くする。

「日曜日は飛びきり素敵な、令嬢スタイルで来てくれ」

 肩から力が抜け落ちたキノは、椅子に沈んでいった。


「え、日曜日か、千秋」

 スマホを片手に芦川との密談の帰り道である。

「何もなければ、店長が逢いたいって」

「店長が」

 メイド喫茶経営のダミ声、店長。千秋の母親だ。彼女はこのことは知らない。キノの気がかりのひとつだ。

「どお? キノちゃん」

「あ、うん……。店長に会いたいのはやまやまだけど」

 歯切れの悪い返事に、彼女の声のトーンが下がる。

「何か用事でもあるの?」

「ちょっと、ね。じゃ」

「話して」

「だ、ダメだよ!」

 と、声を荒げたキノは後悔した。暫く沈黙の間、脂汗が滴り落ちる。

「ほほん……」

「もう、千秋切るから、ね」

 彼女の不吉な声にキノは怯えた。

「何か隠してるでしょ」

「な、何でもないから、じゃあ千秋」

 スマホを耳から話そうとした瞬間だ。

「おまち、キノ。マコさんに言うわよ」

「え!?」

 キノは狼狽え、千秋の勘の鋭さに恐ろしさを感じる。

 再び耳に当てた。

「やっぱり、戻ってきたね、キノちゃん。何かあるわね」

「マコは、全然関係ないから」

 そう答えて再び顔が歪む。

「また変な事に首を突っ込んでるでしょう?」

 瞬間、息が止まった。

「まあ、とにかく何があったか教えてよ。場合によっては協力するから」

「協力? 違う、面白がろうとしてるだろ」

 図星だ。千秋の性格はキノには十分解りすぎている。

「おまえも変なことしたら、如月に言うぞ」

「言えるもんならね」

 千秋の彼氏をダシにするが、この位では狼狽えない。度胸の差は彼女が上手だ。

「キノちゃん、電話じゃあ、つまんないから、いや、わかんないから、これから会えないかな」

「今からか?」

 芦川からとんでもない依頼をされ、酷く疲れているキノは溜め息漏らす。

「日曜日に会えないんだったら、今よ、今!」

「もう帰るよ。今日は疲れているんだよ」

 スマホの向こう側から大きく息を吸う音がする。

「店長ー! マコさんに電話してー!」

「こ、こら千秋! わかった、わかったから!」

 目眩がして、道路沿いの店の壁に体を預けた。

「どいつもこいつも、マコをダシにして……」


 淡い桃色の唇を尖らせた頬に、緩やかな風が吹いてクリーム色の髪を靡かせる。白い腕がその髪をそっと押さえた。スカートから長く伸びた脚が壁を蹴り上げる。

 道行く人たちがその流麗な姿に溜め息をついた。


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