その2
その頃、千秋は駅前の地下街を歩いていた。学校が終わると訪れる場所がある。それは、だみ声の店長が経営する、メイドカフェ『プリティサジタルウス』である。彼女の行き付けの場所で、休日の大半はここに潜伏していた。
「そうそう、千秋ちゃん。最近キノちゃんどうしてるの。会ったんでしょ」
「色々あったみたいだけれど、元気に立ち直ってるみたい。また連れてこようか」
彼女が言った途端、店長の目が異様に光る。
「そうして。あの娘にまた逢いたいわ」
憧れに似た恍惚の顔になって呟いた。
「また何か、企んでない?」
「ないわよぉ、千秋ちゃん」
店長は口に手を当てて、含み笑いをする。
「今度は、かなり美人になってるよ」
「今度?」
きょとんとして店長が聞き返した。
「あっ、いやいや、こっちの話」
笑って、千秋は誤魔化す。
「そういえば千秋ちゃん、邦彦君とはどうなのよ」
「どうって、別にいつもと一緒よ」
照れて呟いた。店長は優しい目をして千秋を見つめる。
「店長、どうした?」
「うんん。あなたの顔が、とっても嬉しそうだなあって」
「あの、店長。前から聞こうかと思ってたんだけど」
テーブルに置かれていた、オレンジジュースを千秋は起き直した。
「私たちのこと、何故そんなに気に掛けてくれるの?」
店長は何回か瞬きする。
「それは……、ね」
「文化祭の時も手伝ってくれたし」
今度は千秋が店長の一挙一動を眺めていた。
「あの時、キノちゃんが、ママって言ってたのは……」
「千秋ちゃん。あなたはね」
真剣な顔をして千秋は立ち上がった。
「店長は、もしかしてキノちゃんのママ?」
一瞬、間が空く。店長は思い描くものが違って、目を丸くした。そして吹き出す。
「千秋ちゃん、全然違うわよ。あんな、お家柄の良い方とは縁もゆかりもないわ。誓ってもいい」
「違う、の?」
千秋は不思議そうな顔をした。
「キノちゃんは、小さい頃に交通事故でご両親を亡くしてるって、聞いたわよ」
「確かにそれは知ってるけど」
彼女はまだ納得していない様子だ。店長は唇を噛みしめた。
「千秋ちゃん、あのね……」
畏まって千秋に向き直る。息を飲み込んだと同時に、店のカウンターからメイドスタッフの呼ぶ声が聞こえた。
「店長、呼んでるよ」
店長の姿を通り越して、声がする方を千秋は指差す。
「そ、そうね」
微笑んで、もう一度向き直した。角張った肩が少し落ちる。
「私ってバカね。言える義理じゃないわよね……」
店長が振り返ると、無邪気に小さく手を振る千秋が笑っていた。