その18
その式は静かに取り行われた。黒い喪服の二人は焼香の後、しばらくその場から離れられない。
あの夜から三日後、『緒方 空』は逝った。
「大丈夫、じゃないよね、キノ」
二人はベンチに腰掛ける。
キノの荒れ方は、マコが今まで見たことがないくらいだった。道場の壁を殴るキノを、亜紀那もフェイルも、誰も止められなかった。その拳は潰れ、無数の血が飛び出し、今でも包帯をしている。もしマコが飛び出して拳を押さえなかったら、キノの手は使いものにならないくらいになっていたかもしれない。飛び出した拍子に、マコは腹部に一撃を喰らった。その痣も彼女には未だに残っている。そこまでしなければならないほど、我を忘れた状態だった。
「マコ、ごめん。また心配、掛けてる」
「何も言わないで」
マコはキノの手を優しく包む。
「少し、血が滲んでる。帰ったら、手当てするね」
包帯の上に滴が落ちていた。
「何故、大切な人はいなくなるんだろう。どうして、僕の前からいなくなっちゃうの」
「キノ……」
大きな瞳から、大粒の涙が流れ落ちている。
「キノ、ねえ、見てキノ」
マコは両手でキノの顔を優しく包んだ。
「私を見て」
涙で瞳が潤んでいる。
「私は、あなたに助けてもらって、ここにいる。あなたの前からいなくなっていない。これまでも、これからも、ずっと」
キノの嗚咽が上がった。
「あなたをもう一人には絶対しない。私がいつでもいる」
マコはキノを強く抱きしめる。
「絶対に、いつでも……」
「先輩」
キノはその声に反応する。マコはゆっくりと、その手を緩めた。
「周……」
「悲しまないで下さい。鈴美麗先輩」
彼は毅然とした態度でキノに向う。
「あいつは……、空は、きっと先輩に会えたことを喜んでいます」
キノは立ち上がった。
「あいつ、あいつは、きっと先輩から貰ったイヤリングつけて、天国で笑ってます……。今まで、本当にありがとうございました」
包帯が血で滲む両手を男は気遣いながら触る。
「もう、自分を傷つけないで下さい。空が悲しみます」
緒方をキノは抱き締めた。
「大丈夫ですよ、鈴美麗先輩。僕はこれからも空を守っていきます」
「……周」
呟く声は嗄れて、小さい。
「先輩、お願いです。花宗院先輩を……、しっかり守っていって下さい」
緒方はキノから離れると空のもとに走っていった。振り向き、そして手を振る。
傍に来たマコが手を重ねた。キノはようやく微笑み、息を吸う。
見上げた空は、夏に向かう澄んだ晴天だった。
第2話につづく
第2話『キノと芦川と偽りの恋人(前編)』は来週から!