その17
緒方空の容態は日々変化はない。命辛々、生きている状態だった。毎日、キノは空のもとに通っている。
「先輩、いつも、すみません」
「いいの、いいの」
キノは笑顔で答える。
「それよりも、周の方こそ大丈夫か」
確かに、緒方周の体も心配だった。彼こそ連日夜遅くまで付き添っているからだ。その彼も尋常じゃないほど痩せている。
両親は早くに亡くし、その後親戚に預けられていた。空が入院している間、昼間は伯母が看てくれているが、その時間は限られている。彼は学校以外の時間をここで費やしていた。
「周、僕がいる時は、ゆっくろソファーで寝てろ」
「はい……。す、すみません」
「もう、謝るな」
キノは彼をソファーへ押して、座らせる。毛布を頭に乗せた。
「そこで、じっとしてろ」
緒方は毛布を取って横になる。空のベッドの近くに座っている、キノの後ろ姿を見つめた。
「先輩……、僕は……」
緒方はそのまま深い眠りに落ちる。
頭を撫でる感触をキノは感じた。
「マコ……」
はっとして、起きあがる。キノもいつの間にか、ベッドの側で寝ていたのだ。微かな笑い声が聞こる。頭の上のか細い白い手は、空だった。
「空ちゃん」
キノは彼女の顔を眺める。笑っていた。
「気分いいの?」
彼女は頷く。久しぶりに見る、空の笑顔だった。あの頃と変わらない。彼女は電動ベッドのリモコンを指さした。リモコンを取って、キノは言う。
「起きれる?」
再び彼女は頷く。リモコンを押して、背上げする。空の体が、まるで空中に浮いてしまうかと思うほど、ふわりと起きあがった。
「キノ、先輩……」
「空ちゃん、いいみたいだね、今日は」
彼女は笑っている。
「髪がくしゃくしゃだよ。といてあげる」
キノはブラシを持って、ぎこちなく丁寧にゆっくりと黒髪をといた。
「先輩……、あれ、つける」
「あれ?」
空は指さした。小さい紙袋が棚の上にある。
「あ……」
それは、最初にここに来たときに渡した、イヤリングの入った袋だった。キノは立ち上がって、棚まで歩いていく。
「空ちゃん、きっと似合うよ」
「先輩……、今まで……、たくさん、ありがとう」
空気の流れを感じて振り向いた。キノの息が止まる。ベッドの上の白い住人が横たわっていた。
「……、そ……ら」
紙袋が手から、落ちていく。
「そ、そんな……、そんな……」
手が震えていた。足がすくんでいた。声が出なかった。
「……そ、……ら、……そ、……そらちゃん!」
その声に、周も起きる。
「せ、先輩?」
「空ちゃん! 空ちゃん!」
キノは辿りついたその先のナースコールを押した。何度も何度も……。
「いやぁー!!」