その10
次の朝は、いつも通りではなかった。向かい側のベッドに誰かが座っている。マコは時計を見て確認した。キノはこの時間、フェイル先生と道場で稽古をしていて、居ることはないはずだった。目の前に座っていた人影は立ち上がり、カーテンを広げて窓を開け放つ。気持ちの良い空気と穏やかな風が入ってきた。光りに反射して煌めくクリーム色の細長い髪が、宙を舞う。左手でその髪を押さえると、肩のラインが落ちたパジャマが見えた。目を見開いたままのマコは、ベッドで固まっている。
「おんな、キノ……」
それはゆっくりと彼女のベッドに進み、しなやかなに腰掛けた。髪を掻き上げ、顔をマコに近づける。顎が細く引き締まって色白で、睫が長く、大きな瞳と艶やかな唇が迫る。
「おはよう、マコ」
完全にマコの目が開く。
「本当に?」
「久し振りだね。どう、これ」
キノは長い髪の毛の先を、くるくると指に絡めた。
「おんなキノ……」
マコは呟くと、そのまま両手を差しだして抱き締める。キノは目を閉じて身を任せ、彼女のその温もりを肌で感じようとした。刹那、マコの瞳は再び大きく開き、体から離した両手はおんなキノの胸を鷲掴みする。
『むにゅ』
「あんっ!」
思わず吐息が洩れた。
「胸が……」
そしてマコは自分の胸に手を掛ける。
「前と同じ大きさじゃない。前よりも……、おっきい」
マコは少し頬を膨らませた。
「何でよ」
「そんなこと、知らないよお」
それから彼女は呟く髪に触れる。
「長い髪」
「これが『おんなキノ』。この髪が彼女のトレードマーク」
しなやかで艶やかだ。指と指の間を髪が通り過ぎて、はらはらと落ちていく。マコの瞳が羨望の眼差しとなる。
「ちょっと……、綺麗。綺麗すぎよ! 前よりも凄く美人になってない?」
「さあ」
「もう、前よりも、もっと危険になった」
彼女はなんだか不機嫌になった。
「マコ、空ちゃんに会いに行けるかな」
「そ、そうね……」
マコはキノの嬉しそうな顔を見て、苛ついてた気持ちを落ち着かせた。
昨晩、キノが決めたことは「おんなキノ」になって緒方空の見舞いに行って、元気づけることだった。
キノとマコの強い絆と想いが奇跡を起こす。あの幼い頃、池で溺れそうになったマコを助けたキノの想い、花宗院家でプロポーズした時の変化したこともそうであった。キノは男子としての責務を意識していたし、マコは妻として、それを必死で支えようとしていた。ここまでの二人の葛藤は長かった。そして今、再び別の形で貫こうとしている。
「さて、今日は学校に行けないね。色々と用意もしなくちゃ。クローゼットに閉まってある服、今のサイズには合わないなあ」
立ち上がったマコは言った。
「服? もう、捨てたと思ってた」
「捨てれなかった。またあなたに逢いたいという気持ちがあったのかも」
マコははにかむ。
「そう、か」
キノはパジャマを脱ぎ捨てる。トランスクス一枚になり、朝日に向かって仁王立ちした。
「やっぱり股間が、とても涼しい」
マコの拳が放たれたのは、言うまでもない。