その1
真琴はキノが男の子に変わった日から、ずっと考えていた。
『おんなキノ』のことを……。
その出来事は突然に訪れた。
スマホの着信音が五月蝿く鳴り響く。真琴は家政婦の三月亜紀那とともに、夕食の支度をしていた。亜紀那は出るように促す。真琴はエプロンの端で手を拭き、机上のスマホを取り上げてタップした。相手は本田千秋だ。
「マコさん!!」
その声に耳鳴りして思わずスマホを遠ざける。
「ちっ、千秋ちゃん」
「マコさん、お元気?」
マコは結婚式から数ヶ月しか経っていないのに、まるで数年ぶりかのような気がした。一緒のクラスだったあの頃が、妙に懐かしく思い出される。
「どうしたの、突然電話なんて」
結婚式の教会で別れて以来、互いに触れない時間を持つかのように連絡などしなかったのだ。またマコ自身も今の生活スタイルに馴染むまで、余裕がなかったのが正直なところだった。高校3年生になって転校して、目まぐるしく何があったのかさえよく覚えていない毎日だった。しかし千秋の声を聞いたことで、郷愁に似た感情が沸き起こる。
「千秋ちゃん」
「今度の土曜日会えるかな。久し振りに話がしたいと思って」
マコも会いたいと思っていた。
「マコさん、それで、その……」
千秋は口籠もる。
「キノね。元気にしてるよ、相変わらず。あの子も連れていこうか」
「うっ、うん……」
「どうかした?」
歯切れの悪い千秋の返事を、マコは不審がった。
「会いたいのは、会いたいけど……、何だか今になると、意識しちゃうかも……」
それもそうだ。男と女の差はあるのだ、とマコは思う。
「わかるよ。私だって、最初は変な感じだった。女の子とは絶対に違うからね。でもどうする、キノも連れていく?」
彼女はちょっと考え込んだように、通話が静かになる。
「とりあえず、マコさんに会ってから考える」
「わかった。じゃあ、土曜日ね。時間は……」
幾つかの確認をした後、通話を切った。着信履歴のページを繰り上げていくと、千秋からの最後の着信は、結婚式の前の日だった。
「誰から?」
背後からの声に驚いて、彼女は思わずスマホを落とす。
「そんな驚かなくても……」
振り向いた先のキノは胴着姿だった。汗が顔から首筋に吹き出している。フェイルと稽古していたのだ。マコはキノにタオルを渡した。
「ありがと、マコ」
その姿をこうしてみると、やはり男子だ。凛々しい顔に精悍さが増している。しかし細く締まった顎と色白の顔つきや大きな瞳は、以前と全く変わっていない。ただ、クリーム色の細い髪が短くなっているだけだった。
「シャワー、浴びてくる」
「それから、夕食よ」
タオルを顔を拭いてキノは出ていく。マコはそれをずっと目で追い続けることをやめて、頭を傾げた。
「どうしたのかしらね、私……」