承+ 『蘊蓄の多い料理店』
「いらっしゃいませ。蘊蓄の多いレストランへようこそ」
お客は一人もいなかったけど、カウンターの奥から声がした。
そこには眼鏡をかけた、痩身で神経質そうな男性シェフがいた。
ひとりで切り盛りしているようだ。
ボクはカウンター席に座る。
シェフは料理人というより、むしろ博物館の学芸員か考古学者みたいな感じの人だった。
「お店の名前、一風変わっていますね」
蘊蓄が多いのは構わないけど、『いにしえの地層』ってあまり食事にはそぐわない名前だよね……。
「ええ。よくご指摘を受けますけど、〝地層〟と〝ご馳走〟をかけているんですよ」
シェフはクイっと眼鏡を直しながら、謎かけのように言った。
「〝氷河期の堆積〟とかけて〝とびきりの獲物〟と解く。そのココロは。……こちらが、当店のメニューになります」
すっとメニューを手渡された。
ひょっとしてナゾかけの答えが書いてあるのかな? と思ったけど、料理の説明は全くなく、「本日のコース」としか書かれていなかった。
「本日の料理って、どんな内容なんですか?」
「申し訳ございません。当店では、選りすぐりの食材、つまり素材の希少さに、極限までこだわり抜いております。当然どれも入手困難なので、そのとき入荷したものをお出しすることになるわけですが……」
ここ、『なろうよワールド』のグルメの主流はやはり、ファンタジー世界の獣系や鳥系、はたまた魚系や植物系のモンスターの肉をさばいて、美味しそうに調理したものだろう。
食材の入手経路は、RPG風異世界のフィールドやダンジョンを探索中に、冒険者が討伐またはテイムしたモンスターを、ギルドから直接仕入れるのが一般的となっている。
高級な食材になると、優良品種を交配させた牧場育ちとかもあるけどね。
「……すると〝選りすぐり〟〝こだわり〟っていうからには、食材はなかなか討伐できない最強モンスターっていうことになるわけですか?」
ボクは確認するように、上目遣いでシェフに訊ねる。
エンシェントドラゴンとか……。魔王とか魔神とかね……?
さすがに人型は食べる気がしないけどなあ。
するとシェフはボクの心を見透かしたように、またクイっと眼鏡を直しながら答えた。
「いいえ。当店ではモンスターの肉を一切扱ってはおりません。本日の肉料理は、冷凍マンモス肉のフィレステーキになります」
「へえ……。マンモスって、何のゲームのモンスターでしたっけ?」
ボクは『エルダの伝説』とか『モンスター・ザ狩人』みたいにオープンワールドなゲームの雪原を思い浮かべながら訊き返した。
するとシェフは、
(いまの私の話、ちゃんと聞いてました?)
とでも言いたそうに首を傾げつつ、語気を強めて、大事なことを言うかのように、もう1回繰り返した。
「いいえ。当店では、ファンタジー世界のモンスターの肉などは、一切! 使用しておりません! ですから、当店でお出しする〝冷凍マンモス〟は! モンスターではなく! 現実世界の! お肉となります!」
「……は、はい」
了解。
ようするにこのシェフも、この店は『なろうよ』の本流じゃないよってことを言っているのである。
つまり、ここから先は、付いていくのにある程度、シェフの情熱を受け止める覚悟が必要になってくる。
覚悟っていうのはもう、分かってるよね?
アツい情熱。
ここナローで、それはすなわち長文のことだ。
ほら来るよ。長いのが。覚悟はいいね?
「さて、本日の肉料理ですが、〝マンモス〟――ゾウの類縁種であり、地球における最終氷期の終わり、約1万年前に絶滅した(諸説あり)、幻のマンモスのお肉になります。なぜ、現存するはずもない、そのようなマンモスのお肉が入手できたのか? といいますと……2005年に愛知県で開催された日本国際博覧会(愛知万博)、『愛・地球博』を思い出してください。シベリアの永久凍土より発見された、冷凍マンモスの頭部の展示が話題になりましたよね? 化石には骨しか残っておりませんが、このような冷凍標本であれば、非常に保存状態が良く、毛や筋肉のほか、場合によっては血液や尿までも残っていることがあります。……そう、体液までも! それほど保存状態が良いのですよ。――となると! 食べてみたい! そう思うのが人情ではありませんか? だってマンモスですよ?」
「いや。特には……」
「さて。今回ご提供するするマンモスのお肉についてですが、氷河期だった約2万年前、子ゾウのときにうっかり沼地で足を滑らせたものらしく、死んだ直後に氷漬けになったとされており、これまた保存状態がとても良いのです」
「でも2万年も前の冷凍肉なんて、食べられるのかな?」
ボクは漫画の『原始人間ギャービートル』に出てきた美味しそうなマンモスのマンガ肉を思い浮かべたが、このシェフが話しているリアルな出土肉とはぜんぜん違うと思う。
「このシェフにお任せください。なあに、火を通せば何だっていけますよ」
「加熱に耐えられるとはとても思えないんだけどね。……まぁいいや。ええっと、じゃあ、本日のコースをお願いします」
「かしこまりました」
そうこなくっちゃ、とばかりに、いったんシェフは厨房に引っ込む。
そしてさっそく、最初の一皿を出してきた。
「――ではまず、オードブルですが、こちらになります」
〝覚悟はできてるよな?〟
とばかりに、美麗な皿にちょこんと盛られた、白い土くれのような組織。
「……これなに?」
「約3300年前のチーズでございます」
「……チーズって、そんなに長期間、保存できるものだっけ?」
「よくぞ聞いてくださいました。もちろん、現存する最古級の、非常に希少なチーズでございますよ。これは近年、古代エジプトの墓の埋蔵品から発見され、話題になったものでございまして。――ただし! このチーズには、多少危険な細菌が付着し、繁殖しておりますので、体調を万全に整えたうえで、お召し上がりくださいませ」
――うわあぁ危険な細菌って何?! 体調整えたって無理じゃない?!
ボクはシェフの飽くなき食への探求心に体が震え、勢いよく立ち上がった途端、ぼたぼたと星のかけらが落ちた。
「さてさて、お客さま。このチーズにふさわしいお飲み物も、もちろんご用意してございますよ。これまた希少な、こちらの赤ワイン。これは、ドイツ沿岸沖の海底に沈んでいた、難破船の積荷(の堆積物)の中から発見されたもので、西暦1670年頃につくられたと推定されるワインでございます。ビンの形をご覧ください。底部が膨らんだ、ちょっと面白いデザインでございましょう? ワインボトルの変遷に、歴史のロマンを感じませんか。こちらも現存するものでは世界最古級と言われておりまして……」
「――ちょ、ちょっと待って。ストップ。ごめんねシェフ。ボク、今はちょっと、お腹の調子がよくないみたい。今度ちゃんと万全に体調を整えてから、改めてチャレンジさせてもらうよ。きょうは代わりに――ブクマ。そう、ブクマをさせてもらうね。あとで絶対に、また来るから」
ボクは床に落としてしまった星のかけらを丁寧に拾い集めた。
「ボク、圧倒されちゃったよ。だってシェフは、命がけで、体を張って、これほどまでに超希少な食材にこだわり抜いているんだもの。――だから、ボクのこの気持ち、受け取って!」
輝く★5をシェフに手渡した。
「……あ、ありがとうございます」
シェフは受け取った星を抱えてちょっと呆然としている。
「★ひとつなら多少、頂いたこともございますが……なにしろ当店の料理は、皆様のお口に合わないことが多いらしくて」
腕いっぱいの星を見詰めるシェフの目は、戸惑いながらも嬉しそう。
はにかむような喜びの波動が伝わってきた。
「喜んでくれたみたいで、ボクも嬉しいよ、シェフ。じゃあまた、蘊蓄を聴きに来るからね」
ボクはにっこりと挨拶してレストランを後にした。
◇ ◆ ◇
……そろそろカノジョとの待ち合わせの時刻になる。
早く中央広場のオペラハウス前へ戻らなければ。