承 『黄昏の紙芝居やさん』
「紙芝居ですか?」
なんというレトロなアトラクション。
ボクはかえって興味をそそられる。
自転車の紙芝居やさんは、各家庭にテレビが普及する前の時代、子どもたちの娯楽の王様だったそうな。
昭和初期から20~30年代ごろまでか。
内容も大衆的で、ちょっとワクワクするくらい刺激的だったとか。
ハンチング帽のお兄さんは、自転車をとめて木箱を開くと、
「ジャジャーン!」
箱がみごとに展開して、組み立て式の紙芝居装置になった。
紙芝居の表紙に、何だか愛嬌のある金色のドクロが描かれている。
黒いマントを羽織った黄金ドクロは、かつて一世を風靡した筋骨隆々のダーク系骸骨ヒーローを思わせた。
暗めの絵の具で、絵柄は昭和初期の雰囲気たっぷり。
「お~! 初めて見るなあ~」
ボクはそれだけで拍手を送り、打ち合わせた手の平から星のかけらがこぼれる。
これ、『黄金コウモリ』ってやつだよね?
大衆紙芝居の大ヒット作で、のちにテレビアニメにもなった。
「お客さんに、おせんべいと〝特製の飴〟をあげよう」
お兄さんは紙芝居装置に変形した木箱の、側面に付いている三段構えの引き出しから、海老せんべいなどの色々なお菓子を出してくれた。
特製の飴っていうのは、りんご飴のような棒の付いた球状の飴だった。
受け取ってリンゴかと思ってよく見たら、ドクロだった。
蜂蜜色のべっこう飴で、まるで棒付きの黄水晶ドクロみたいに見える。
「あの土管に座って、舐めながら見てね」
そこには、おあつらえ向きに『ドザえもん』の空き地みたいな場所があって、大きな土管が3本積まれていた。
それにしても、ドクロの頭を舐めるなんて妙な気分だ……まあ普通の飴なんだろうけど。
「その紙芝居、どんなお話なの?」
ボクが土管に腰かけながら観劇気分で訊くと、
「よくぞ聞いてくれました。きょうの演目はこれです! ジャーン! 『黄金のスケルトンに転生したオレは、世界平和を守る正義のヒーローと判定されたのに、外見がキモいと勇者パーティを追放されたので、闇市商売で成り上がることにしました。~女の子にモテモテで、肋骨が折れまくって困ってます。勇者どもめ、今さら純金製だって気付いても遅いんだからね~!』」
まさかの長文タイトル!
でもそこは、『黄金コウモリと悪の組織』とか、『オールウェイズ四丁目の夕暮れ』とかの方が、かえって世界観的に分かりやすかったんじゃないかな? とは思うけどね?
「さてさて、はじまり、はじまり~」
拍子木とともに、紙芝居の幕が上がった。
ストーリーの内容は、初っ端からタイトルとはぜんぜん違っていた。
でも、戦後昭和の大衆文化への独自の視点が感じられ、もの凄いボリュームで見応えがあった。
「……ねぇ。お兄さんはまだ若いのに、生まれるずーっと前の昭和文化に興味があるんだ?」
ボクが黄色い骸骨の頭をベロベロ舐めながら訊くと、
「そうなんだよ」
と、お兄さんは嬉しそうに笑って、お喋りしてくれた。
そう。これがボクが好きな『なろうよ』の醍醐味の一つ。
お気に入りの作者に質問すると、お返事がもらえるのだ!
しかも長文だぜ?
「きっかけはね、全盛期の日本映画を観たことかな。自分的に、昭和29年が当たり年だと思っているんだけどね。まだ映画がモノクロだった時代だけど、後世に燦然と輝く『三十人の侍』『君は誰だっけ』『水爆怪獣ゴルゴダ』『大山椒魚太夫』『七十二の瞳』が、ぜんぶ同じ年に公開されたなんて、すごいと思わない? 当時の世相が、僕の目にはまるでファンタジー世界のように魅力的に映ったのも仕方ないよね。……僕は映画の世界へのめり込むように、昭和初期~中期の時代に興味を広げていったんだ。……で、この紙芝居装置もね、もちろん手作りで再現したんだよ。そしてこの、ハンチング帽やスーツもね、自分で縫製したんだけど……。どう? カッコイイでしょ?」
「うん!」
かっこいいし、よく似合ってるよ。
紙芝居も、しっかりとした時代考証をベースに、熱いロマンが感じられる。
たしかに『なろうよ』の本流ではないけれども、お兄さんの創作への熱意は正真正銘、本物だ!
ボクはお兄さんの真摯なパフォーマンスにすっかり魅せられてしまった。
間違いなく★5をあげたい。
ボクが腕いっぱいに抱えた星のかけらを5つ渡すと、お兄さんは、
「あぁ」
と目を細めて、しっかり受け取ってくれた。
そして破顔一笑、
「ありがとう。小さなお客さん」
と、ボクの頭をくしゃくしゃっと撫ぜた。
ボクはこの、心から星をあげたときに返される笑顔がとても好きだ。
1演目につき1回しかあげられないのが、なんとも歯がゆい。
お兄さんは子どもみたいにはしゃいで、ボクがあげた星を自転車のライトの部分に付けたり、紙芝居の木箱に飾り付けたりして、とても喜んでくれた。
そして最後の一つは、金メダルみたいに胸元に飾ってくれた。
「キミのおかげで夜道が明るくなったよ」
そしてボクに手を振ると、自転車に乗って颯爽と宵闇の路地裏へ消えていった。
◇ ◆ ◇
次にボクが入ったのは、ひっそりとした佇まいの小洒落たレストランだった。
店名は、『いにしえの地層』という。
とても料理店とは思えない名前だけど……。
アンティーク調のドアベルが付いた扉を開けると、店内は仄暗く、洞窟のような内装でとても神秘的だった。
「いらっしゃいませ。蘊蓄の多いレストランへようこそ」