起 『なろうよワールド』
人間だったボクはいちど死んじゃって、生まれ変わって星になったんだ。
「人はなくなるとお空のお星さまになる」って、本当だったんだねえ。
ボクは今、彗星みたいに尾をなびかせながら、ひろい宇宙を飛び回っている。
そしてここは、ボクみたいな星がいっぱい棲んでいるところなんだ。
ここって、お空にある星のファンタジー世界なのかな?
お空の世界は、楽しいことでいっぱい。
つらいことなんて、もう何もないんだ。
ボクはきょうも、銀河の中心にある遊園地『小説家になろうよワールド』へ遊びに行く。
だいすきなカノジョと一緒にね。
『なろうよワールド』は、星のみんなが遊びにいく無料のアミューズメントパーク。
いろんな娯楽施設が集まって、笑顔でキラキラ輝いている。
爽快系アトラクション「ざまぁ」とか。
絶叫系マシン「クラスまるごと異世界転移」とか。
癒し系の「もふもふスローライフ牧場」とかね。
もちろん、グルメもあるよ。
女子に話題の極甘屋台スイーツ「溺愛ジェラート」とか。
豚系モンスターのオークや鶏系モンスターのコカトリスなどの肉料理が味わえる、「ダンジョンモンスターグルメの三ツ星レストラン」とか。
みーんな無料で食べたり遊んだりできるんだ。
すごいでしょ?!
でもね、ここが肝心なんだけど……。
楽しかった! って思ったら、〝おひねり〟をあげることができるんだ。
おひねりっていうのはね、〝さくしゃさん〟が一番喜ぶものなんだって。
アトラクション、面白かった!
やわらかオーク肉のステーキ、美味しかった!
じゃあ、楽しませてもらったお礼に「コレどうぞ」って。
ボクたちがあげるおひねりは、お金じゃない。
★みたいな形をしている、ボクたち星のかけらさ。
星のかけらは、ボクらの体から自然にこぼれ落ちてくる。
にっこり笑えば星ひとつ。
拍手をすれば星ふたつ。
踊りのステップで星みっつ。
くるりと一回転で星よっつ。
「アンコール!」の歓声で星いつつ。
『なろうよワールド』の中央通りには、大量の星のかけらが敷き詰められている。
銀河の中心みたいに、輝きに渦巻いている。
そして、その輝きがまた、次々と星を呼ぶ。
カノジョの今日のお目当ては、歌劇『乙女ゲームの悪役令嬢』。
ヨーロッパの宮殿を思わせるオペラハウスで演じられ、根強い人気を誇る。
歌劇場の中は、飛び交う星のかけらで光いっぱい。
眩しいなあ~。
「じゃ、またね!」
「ああ。この場所で落ち合おう」
せっかくのデートなのに、ボクとカノジョは中央広場の噴水の前で別れる。
ここからは別行動だ。
さっそくカノジョは、大好きな王子に会いに、ひとりでオペラハウスへとまっしぐら。
なんでかって?
だって、しょうがないじゃない。
ボクとカノジョはこの『なろうよワールド』が大好きだけど、行きたい場所がちょっと違うんだからさ。
◇ ◆ ◇
光の渦『なろうよワールド』は、明るい大通りばかりじゃない。
ひとたび長蛇のアトラクションや人気レストランの裏手にまわると、閑静な路地裏が無数に広がっている。
ボクはこういう路地を、〝narrow〟とかけて勝手に「ナロー小路」って呼んでいる。
ナロー小路の街灯には、あかりも灯らず、オレンジ色の夕闇が街並みを包む。
ボクはそんな雰囲気ある路地裏をドキドキ探索するのが好きだ。
『なろうよ』には、誰をも魅了してしまうような、乗りやすくて楽しいアトラクションがたくさんあるのは確かだけれど、そればかりじゃない。
どこまでも広がるこういった路地裏に、深々と濃ゆい精神世界が広がっている。
そこが醍醐味なのだ。
カーン……。カーン……。
ほらね。ちょうどいい具合に、どこからか、拍子木の音が聴こえてきた。
音が大きくなるとともに、向こうから自転車を引いた男の人がやってくる。
拍子木を打ち鳴らしながら、自転車の後ろに載せているのは大きな木箱。
あの古めかしい木箱には、いったい何が入っているんだろう。
年配の人かな? ……と思いきや、近づくと意外と若かった。
「おおっと! ここで出逢ったが100年目。こんばんは、小さなお星さま。ちょっと紙芝居を見て行かないかい?」
そう話しかけてきた彼の笑顔は、とても人懐こく、まだ少年のようなあどけなさが残っていた。
昭和レトロなハンチング帽を小粋に被り、こじゃれた洋装を着こなしている。
※この作品は、作家さんを応援するポイントの大切さをテーマとする、空野 奏多様主催の「ブルジョワ評価企画」に参加しています。