7 森の家 (1)
次の農場訪問は四日後。その前日は市に行く日だ。
大きく育ちすぎそうな野菜を収穫し、日曜の朝とれそうなものに目星をつけておく。
午後からは森に行き、コケモモをとった。
半分を煮詰めて良く火を通してとろとろにする。甘みは足せないけれど、簡単なジャムの出来上がり。
今日は写本している本の挿絵を描き写すことにした。
写本を依頼されているエッフェンベルガー子爵に、令嬢がかつて使っていた絵の道具を譲り受けていた。少し古いけれど、いい品で使いやすかった。時々絵の具も頂いている。
さすがに絵までは二枚も描いている時間はないので、自分の分は略するか、描いてもラフなスケッチ程度で済ませていた。それでもこれを本にすることができる日が来るのが楽しみだった。
できたページを持って、毎月一回エッフェンベルガー子爵の家に行くことになっている。次は来週だ。
子爵のところに行くと、お茶を飲みながらその月にあったことについて話をする。王城の農園の仕事を始めたことも話したら、何て言われるだろうか。少し心配だった。
週に二回も王城近くまで行っていたら、いつか偶然会うことだってあるかも知れない。お貴族様が街をうろついていることなんて、滅多にないだろうけど。
日曜の市に店を構え、今日も魔法の実と野菜を売りに出す。
今日はちょっと珍しい治癒の実と清浄の実も持ってきたけど、売れるかどうかは判らない。
今日の売れ行きナンバーワンはトウモロコシ。小カブも売れてる。
店を開いて一時間もしないうちにクラリッサがきた。
「いつもより早いのね」
「ちょっと打ち合わせがあって、親戚の人が集まってるの。治癒の実が出てるって聞いたから、早めに買っておこうと思って」
売れないなりに、自分が持ってきた魔法の実を見ている人はいるようだ。
「魔法の実はそんなに売れないから大丈夫よ。何か欲しい実があれば、言ってくれればキープしておくし。…誰か怪我でも?」
「おばあさまが腰が痛いって言ってたから…」
「それなら、きっとお役に立てるわ。…これ、サービス。お口に合うか判らないけど」
店には並べていないコケモモを出した。
「ありがと! 後で家の者に取りに来させるわね」
お代を受け取ると、クラリッサが頼んだものを紙袋に詰め、後ろに取り置いた。しばらくすると、クラリッサの家のメイド見習いの女の子が取りに来た。その子にもコケモモをサービスすると、笑って受け取った。
半分ほど売れた頃、アルトゥールが店に来た。今日は私服で、仕事ではないらしい。
「いらっしゃい」
お客としては気前がいいので、愛想良く挨拶する。
「今日も市に来てるんだな」
「そりゃ、3ヶ月後にはお仕事もなくなるから、お店出させてくれるうちはちゃんと顔を出さないと。お客さんに忘れられちゃうと困るし」
あぶく銭が手に入ったら働かないとでも思ったんだろうか。…まだお金はもらってないけど。それでも農園から帰る時には牛乳に、この前はチーズももらった。オプションでもらえる食材だけでも十分満たされている。
「この実は何だ?」
早速魔法の実に食らいついてきた。
「これは判る?」
「魔力の実と滋養の実、あと体力の実は判る」
さすがに、自分が依頼した品は判るらしい。
「これは強化の実。少しだけ筋力アップ。こっちは毒消しの実ね。これは最後の一個。清浄の実でも毒消しもできるんだけど、やっぱりこっちの方が効果が高いかな。今日は治癒の実もあったんだけど、もう売れちゃった」
魔法の実については、まだまだ勉強中らしい。
「お買い上げですか?」
上目遣いでちらっと見て、あえて丁寧語で聞くと、
「ある物は二個づつ。なければ一個でも」
「まいどあり、です!」
やはり作った物が売れるのは嬉しい。
「いつもたくさん買ってくれるけど、…全部、生で食べてる?」
「いや。大半は王城の農園と料理人に渡してる。披露宴のメニューを考えるのに使いたいんだそうだ」
なるほど。そう言えば、初めて農場に行った日も、農園に持って行ってたようなことを言われたのを思い出した。王城の農園ではまだ実がついたものは採れていない。採れてからメニューを考えていたのでは、間に合わないだろう。
「必要なら、明日持っていくけど?」
明日は農場に行く日だ。実り具合にもよるけれど、丁度いいのがあれば、試作用の素材だって提供できる。
「それはそれでまた頼むかもしれない。今日は私用だ」
服装からしてもそうだろう。何かと忙しそうだ。
「まだ用事が済んでないなら、買った物、取り置くけど?」
そう言うと、少し考えた後、
「ありがたい。昼以降になるが…」
「あんまり遅くならないでね。遅いと帰っちゃうから」
軽く頷きながら、買った物の中から魔力の実を一個手に取った。
「じゃ、後で」
そしてそのままかじりつきながら、去って行った。
魔力の実をかじるくらいなのだから、魔法は使えるのだろうが、まだ魔法を使うところは見たことがなかった。
お昼の食事を済ませて、そろそろ帰ろうかという頃になってアルトゥールが買った物を取りに来た。
紙袋を渡すと、手に取った後アーレの鞄にも手を伸ばした。え、と思う間もなく、アーレの鞄を持つと、
「じゃ、帰ろうか」
と、当然のように先導する。
「い、いや、あの、」
「まだ買い物残ってる?」
「いえ、ないけど」
向かうは、馬留の方向。
「いや、そんな、え?」
躊躇していると、手首をつかまれ、引っ張られた。
そして馬留から自分の馬を出してくると、先週と同じく馬で家まで送られることになってしまった。
こんなに続けて馬で送られるなんて、目立ちすぎる。大して見られていない、自意識過剰、と思っても、恥ずかしさが勝ってしまう。
慌てふためくアーレと違い、いたって平静に、仕事のように淡々と馬を進めるアルトゥール。
親切なのだろう、とは思う。
しかし、何を考えているのか、判らない。