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 その「また」はその日のうち、遅いお昼にこんがり焼かれたチキンをサンドしたパンを食べているときにやってきた。

 もう店じまいはして、自分の買い物も終え、食べ終わったら帰るだけだった。

 目の前に現れた男は、いきなり

「君の畑を見せてもらってもいいか?」

と言ってきた。

 手には、さっきの紙袋はなかった。誰かに預けてきたのだろうか。

「…企業秘密」

 一応女の一人暮らし。家を知ってる人もいるけど、わざわざ教えることはない。知られていないからこそできる女の一人暮らしだ。知られてしまえば危険は高まる。

「どうやって育てているか、見てみたいんだ」

 …武人のお兄さんが?

 絶対、畑なんか耕したことないと断言できる。この男には土臭さがない。手には剣だこはあっても鍬や鋤のたこはなく、爪だって土の汚れはない。

 ただひたすら、鉄くさい。


「何か、訳あり?」

 指についたソースをなめながら聞くと、若い男はこくりと頷き、席を勧めるまでもなくアーレの横に座り込んだ。

「実は、三ヶ月後に第二王子の結婚披露宴があり、その席で魔力の実と滋養の実を使って欲しい、と依頼があった」

 そう言えば、王子が結婚するとか、噂に聞いたことがあった。

 侯爵か、伯爵か、そのあたりのご令嬢がお相手とか何とか。

 食材にまで口を出すとは、令嬢もめんどくさい。作る人のことを考えたら、食材は任せてあげた方がいいだろうに。何かこだわりがあるのかもしれないが。

「だが、現在この国では、魔法の実を作る者自体が減っていて、王城の農園でも、伯爵家の農場でも食材の栽培はしているのだが、魔法の実は栽培したことがない。植えるにしてもなかなか栽培が難しく、披露宴に出せるほどのものがなかなか育たなくて…」

 まあ、見栄えがいいものはできにくい物ではある。

 そもそも、見栄えを気にするような作物ではない。食べられる実が成れば充分なのだ。

「ま、見栄えを気にしている段階で、無理でしょ、三百なんて」

「…だよなあ」

 なるほど、そういう無理難題をふっかけられて、困っている下っ端のお兄さん、と言ったところか。えらい人の気まぐれに答え、走り回るのが下っ端の役目。

 ご苦労様、とアーレは心の中でねぎらった。

 小さくても畑は自分の物。誰にも雇われていないアーレにとっては、まさに他人事だった。


「引き出物にしたいの? 食材だったら、多少まばらでも何とかなるでしょう?」

「王家主催だぞ? 食材でも一流のものが求められる」

「…無理じゃない?」

 相手の都合など考えず、きっぱりと言った。

「流行らない作物だもの。三ヶ月あれば今から植えても間に合わなくはないだろうけど、引き受け手はないんじゃない? 一回限りの取引のため慣れないものを育てるなんて、普通しないし。王家相手に失敗したって嫌でしょう? 天気だってわかんないから、三ヶ月後の保証はない。おまけに見た目も美しいものを厳選ってことは欲しい量の二、三倍は作らないとダメかも」

「いけるのか?」

 アーレは否定したはずなのに、目の前の男は目を輝かせている。

「はい?」

「間に合うって、今」

「育てるには期間は間に合うだろう、と言っただけで、思ってるような物を用意するのは難し…」

「土地と人手はあるんだ」

 …うん?


 ちょっと、嫌な予感がした。

 こういう押しの強そうな人間とは早期に手を切った方がいい。

「そう。じゃ、頑張ってね」

 作り笑いを浮かべて、すっくと立ち上がり、荷物を背負おうと、した。

 すると、男も立ち上がり、アーレの荷物を軽々と持ち上げ、肩にかけた。

 何故、人の荷物を持つ。

「ちょっと、返してよ」

「こんな重いもの、一人で持ってるのか」

「当たり前でしょ、自分の荷物なんだから」

「どれくらい歩く?」

「2時間くらい…って、ついてくる気じゃないでしょうね」

 実に人の言うことを聞かず、自分のテンポで話す男に、アーレはイラッとしてきた。


 そういえば畑を見せろと言われていた。断ったつもりだったが、通じていないのかも知れない。

「うちは教えませんよ。畑だって見せません。だから、返して」

「魔法の実の育て方のアドバイスをお願いできないか?」

 依頼が変わった。

「誰に?」

「王城の農園の人たち」

 王城の! いきなり話が大きくなった。よりによって、農業に関しては、トップクラスの集団ではないか。

「向こうの方がプロでしょ? 作物を育てることに関しては」

「魔法の実に関しては、君の方がプロだ」

 口調はどちらかというと穏やかに聞こえるけれど、意志を曲げない強引さ。二回しか遭っていない自分に対する遠慮なさ。どう断っても、また来るんだろう。

 来週まで保留にすれば、育てるのに間に合わなくなる可能性もある。

 別段何の恩義もないけれど、魔法の実関連で誰かに頼られることなど、一生ないと思っていた。

「…我流で育ててるんだけど」

 アーレの口調がやんわりとなったことに、男は少し口元を緩めた。

「構わない。見て、気がついたことがあれば教えてくれたので」

「お、王城に行けるような身分じゃ…」

「こっちが頼んでるんだ。…ありがとう」

 お礼の前払いに握手までされて、負けた、とアーレは思った。


「じゃ、送ろう」

 荷物を持ったまま男は歩き出した。しかも、家を知らないだろうに、迷うことなく、アーレのうちではない方向へ。

「荷物を返して。自分で帰れるから」

「そうか」

 その返事にもかかわらず、荷物はそのまま、足を止める気配もない。

 やがて馬留までくると、同じ制服を着た人に声をかけ、馬を1匹連れてきた。いつの間にか自分の荷物は背負われていた。

 男は先に馬にまたがると、手を伸ばしてきた。

「近くまで送る。家までは行かないから」

「いい」

「ほら」

 荷物が捕虜になり、ずっと手を伸ばしてもらっているのも気が引けて、結局乗せてもらうことになった。

 ちょっと手を伸ばすと、しっかりと腕をつかまれ、積み荷のようにいともたやすくアーレを引き上げて自分の前に乗せると、すぐに馬は歩みを進めた。

 馬にまたがり、スカートの裾が気になるが、ドロアーズを身につけているので、足もそうは見えてないはずだ。

 スカートで馬にまたがるなんて、はしたないと言われても仕方がない。

 街で目立つことはしたくなかった。それなのに、何をしているんだろう。

 背中に触れるほど近くに男に近寄ったのは、恐らく父親以来だ。

 もう記憶もないくらい昔に、膝の上で本を読んでもらった記憶がかすかによぎる。

 大きな手、何かの本…後ろの人の顔は、思い出せない。

 思い出せないくらい、前のこと。

 それなのに、こうして知らない男に送ってもらうなんてあり得ない。手を取ったことを後悔した。そこへ

「明日の朝、二の鐘の頃に迎えに行く」

と、いきなりの予約。

「…普通、こっちの都合聞かない?」

「都合悪いか?」

「悪くないけど…」

 納得いかないながらも、約束通り家が分からないところまで送ってもらい、明日もここで待ち合わせすることになった。

 馬の向きを変えてから、

「ああ」

と、ふと思い出したように

「名前、聞いてなかった」

と今頃聞かれた。

 ぶっきらぼうに

「アーレ」

と答えると、

「アーレか。いい名だ」

と、世間一般でよく言うお世辞を添えた。そして、自分は満足して立ち去ろうとする男に

「そっちは! そっちも名乗ってないでしょ!」

と叫ぶと、

「ああ。アルトゥールだ。アルトゥール・ガルトナー。じゃあ、また明日」

 最後まで、テンポの合わない男だった。


 まだ森までは、もう少し歩かなければいけない。

 明日を考えると気が重かったが、明日は明日で考えよう。

 そう割り切って、アーレは家のある森へと帰っていった。


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