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10 森の魔女

 自力で出勤する案は、アルトゥールに即座に却下された。

「金を使って、出勤で疲れる、そんな選択肢はないだろう。こっちは無理言って来てもらっているんだ」

 あっさりとそう返された上、どうしてそういう考えに至ったかを道中語る羽目になってしまった。


 写本の原稿を納めにエッフェンベルガー子爵の家に行き、アルトゥールが伯爵家のご令息様であることを聞いたこと。

 自分の態度があまりにわきまえていないことに反省したこと。

 何とかする第一歩が、すっかり甘えきっているこの送り迎えではないだろうか、という考えに至ったこと。

「下らん気遣いは無用だ」

と、ぴしゃりと言い切られた。

「おまえはそういうの、気にしない奴だと思ってた」

「気にしない、と言うか、気がつかなくて、後で気がついて、反省を…」

 まさに今の状況、そのままだった。

「そもそも家で付き合ってるわけでもないし。元は市場の客と店主だ。今は…、農業指導者と…俺は別に指導されてないな。仕事斡旋人、マネージャーってところか。どっちにしても、そんなに気遣うようなもんじゃないだろ」

 仕事関係者。

 それは本当は気遣いが必要な仲じゃないんだろうか。

 言い切ってくれる嬉しさと、納得がいかないざわざわに困っていると、

「俺としては、友人くらいの立ち位置でいられるとありがたいが」

 そう言われて、ざわざわが収まった。

「友人、でいい?」

「そっちがよければ」

 しかも、アルトゥールが決めるのではなく、アーレが選んでいい、と言う。

「…では、友人から始めましょう」

 納得できる決着に、少しにやつきながら言うと、

「いや、もう始まってるから」

 そう言って、苦笑された。


 そのまま週二回の送迎付きの農業指導は順調に進み、一月もすると、魔法の実の苗はしっかりと地面に根を張り、葉を増やしていた。少し花芽がついているものもある。

 アーレがいない間も、王城の農園の皆さんはさすが農業のプロだけあって、気を抜くことなくお世話を続けている。

 根付けば他の畑よりも手はかからない。むしろ、手をかけすぎると思わぬ方向に向かうことがあるので、適度な放任でそれなりの成果を得られそうだった。


 早く実りすぎることも考慮し、少し遅らせて別の畝にも少し追加の苗を植えた。

 その時もアーレは前と同じおまじないをした。

 二度目のまじないは、一度目よりもさらに効き目があった。

 一瞬、光の輪が広がり、土に何かが込められたことにその場にいた者の半数が気がついた。

 少し増すほっこり感、ごく少量の魔力。既に植えられている畝にまで広がり、魔法の実の苗だけでなく、周りの野菜達にも優しく染みていく。庭の花まで色づきが良くなった、と言う者もいた。

 相変わらずアーレ自身はその効果に気がついていなかったが、アーレの知らないところで、「森の魔女」の二つ名が広まっていった。


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