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 よろめくように近付く僕へ、父は一瞬、哀しそうな一瞥をくれた。

 そして小さな息を落として軽く目を伏せた後、真顔になった。

 父としてではなく、月の氏族の(たばね)たる『鏡』の顔だ。


「真言。お前の気持ちが察せない訳ではない。あれがどんなにつらいのかも……私自身が来た道でもあるからね。だが」


 にわかに父に瞳に鋭さが増す。


「……お前は彼へ、何をしようとしたのだ?」


 答えようとしたが言葉が出てこなかった。

 そもそも、アレは考えてやったことではなかった。

 とにかく望月が疎ましく憎くて……殺してやりたい、衝動が抑えられなくなった。


「お前は彼をどうしたいのだ?」


「ど、どうって……」


 消えてほしい。

 いなくなってほしい。

 いやらしい思いを持って、頭の中で僕を蹂躙しないでほしい。


 そんな言葉が浮かんでくるが……ではその為に具体的にどうしたいのかと問われたとしても、曖昧模糊としていて明確に見えない。

 あの瞬間の殺意は本気の本物だったが、あくまであの瞬間、衝動的に湧きあがっただけだと今では思う。

 彼が僕へ関わってさえ来なければ、殺したいとまでは思わない。


 子供のようなあどけない顔で父を見上げ、英文をくり返していた望月を思い出し、僕は複雑な気持ちになった。

 あの少年のような彼が、彼の芯にはいる。

 彼は僕を、死にたいくらい追い詰めるが、彼の根本に悪意はない。

 ただ性の対象が同性と言うだけ、密かに妄想をして楽しんでいるだけ。

 それ以上ではない、少なくとも今、現時点では。

 これは彼の側の問題ではなく、感じ取れてしまう僕の問題だ。


「お前は彼へ、月の氏族の霊力をぶつけた」


 感情の読めない顔で父は言う。


「今まで少しずつ説明してきたとは思うが、我々の持つ霊力の方向性は、『夢』への干渉や働きかけだ。相手の強い思い……妄想に蹂躙されてしまうのは、この力の反作用というか、副作用のようなものだ」


 僕は曖昧にうなずく。


「夢……人の心を時になだめ時に狂わせ、操る。それが我々の霊力だ。扱い方ひとつで簡単に狂気の闇へと堕ちる力だ……相手もろとも、己れも」


 ぎくっとした。

 今まで何度か聞かされてきた話が、いきなり実感を伴った。

 父はわざとのように淡々と言葉を紡ぐ。


「厄介だが、我々の血にはそういう際どい能力ちからが潜んでいる。お前がさっき無意識でそうしたのはわかっているが……お前は彼へ『のろい』を向けたのだぞ」


「え?」


 瞬間的に望月へ殺意は向けたが、それが『呪』だとまで僕は思っていなかった。


「『呪』は相手だけでなく、己れをも傷付ける諸刃の剣だ。だからこそ、その方向へ霊力を使ってならないと代々戒められてきた」


 父はそこで、ひとつ大きく、息をついた。


「……人の心というのは、扱いが難しい上、怠け者だ。一度『呪』に慣れてしまうと、己れを不快にする者すべてを呪うことで解決しようとしてしまう。そうなるともう、人間ヒトとは言えない。『鬼』『祟り神』と呼ばれる存在になってしまう。『鬼』『祟り神』になってしまった親族うからは、月の鏡が()()()()()()()()()()()()()()。……どういう意味か、わかるな?」


 僕はうなずいた。

 全身にじわじわと嫌な汗がにじむ。

 あのまま望月を呪殺していたら、僕はおそらく父に()()()()……つまり殺される。


「真言。我々のたばねが何故、月の『鏡』と呼ばれるか、考えたことがあるか?」


 虚を衝かれた。

 月の氏族の束を『鏡』と呼ぶのは、昔からの習わしだとぼんやり思っていて、改めて何故かなど考えたこともない。


 父は不意に胸の辺りまで腕を持ち上げ、てのひらを上に向けた。

 ゆらり、と陽炎のようなゆらめきと共に、父のてのひらの上に丸い板状のものが現れた。

 彼はそれを丁寧に持ち直すと、面の部分を僕へ向ける。

 あまり顔色の良くない自分の顔が、その丸い面に映っていた。

 三角縁神獣鏡、という単語が頭をよぎる。丸い板は銅鏡らしい。


「己れの心は己れのペースで、ゆっくり向き合うのが望ましい。だが……必要ならば。荒療治を行う。行える者を『鏡』と呼んできたのだ」


 目の前が何故か、ふうッと暗くなるような気がした。


「真の言の葉を語り、言の葉を真にする者であれかしと名付けられし者……神崎真言。当代の月の鏡・神崎 おさむの言の葉を聞け」


 頭の内側で、父……『鏡』の声だけが響く。


「我はことわりを知り、理を生きるものであれかしと名付けられし者なり。我が真名において、神崎真言へ命じる。『鏡』を見よ、目をそらさずに。そして……()()()()()姿()()()()。ツクヨミノミコトのお言葉を胸に、己れの真の姿を知れ」


(己れの、真の姿……)


 丸い鏡に映る自分の青い顔を、僕は見つめた。

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