③
煩わしいことに物心が付いた頃から僕は、性的な妄想の対象として見られることが少なくなかった。
そういう視線や『幻視』『幻聴』に、ちょくちょくさらされてきた。
幼稚園から小学校中学年くらいがピークだった記憶がある。
僕は、どちらかと言えば中性的な、線の細い儚げな容貌だったので、そういう対象に見られがちだったのかもしれない。
非常に不本意だったが、男の子としてでなく女の子として見られることの方が多かった。
素っ気ないデザインの、男児の服装をしているのにもかかわらずに、だ。
こういう類いの妄想は、こちらへ伝わってこなければまったく問題にならない。
個人の妄想を罰することも規制することも出来ないだろうし、してはならないだろう。
心はそもそも、自分だけのものだ。
妄想を実際の行動へ移す者はさすがに少ないし、そういう者の不穏な気配は『見える』分、僕は逆に逃げやすくもある。
僕の血筋の能力は、幼児期から思春期にかけてが一番強まるのだそうだ。
ある種の欲望をそそる容姿の子供。
子供時代が、最も能力の感度が高い時期。
不幸な一致だ。
可愛い子がいる。
触りたい、いや撫でまわしたい。
そんな程度の妄想など、日常茶飯の可愛らしい妄想なので、否応なく慣れた。
慣れたが、嫌悪感はなくならない。
救いは父が共感してくれたこと、対処する方法を幾つか教えてくれたこと……だろう。
それがなければ僕は、大人になる前に狂っていただろうと思う。
中学生になった。
煩わしい『幻視』『幻聴』の類いも、さすがに受け流すのが上手くなった。
成長に従い、小児性愛者の妄想のターゲットから外れ始めたので、かなり気が楽になってきた。
代わって今度は、ある種の女性や少女たちのターゲットになり始めたが、彼女たちの妄想は暴力的なものが少なかった為、受け流しやすかった。
その代わり直接的な欲望よりもある意味厄介な、恋着の度合いが強くなった。
が、そちらは気をそらす方法もなくはない。
要するに、ゆっくり少しずつ幻滅してもらえればいいのだ。
彼女たちの恋心を、冷ます方へ持ってゆく努力をする。
これも正直煩わしいが、僕のメンタルにはあまり響かない。
強姦の妄想に対処するより、はるかにましだ。
幸か不幸か、僕は彼女たちの誰にも恋をしなかったから幻滅されてもかまわない。
というよりも、僕は恋がわからないし、興味もなかった。
恋など、性の欲望を満たす為に仕掛けられた罠だとしか、当時の僕には思えなかった。
そんな風にやり過ごし、中学二年生になった春。
新しく着任したまだ若い男性教師が担任になった途端、それなりに平穏だった僕の生活は狂い始めた。
進級し、新しいクラスの教室へ入る。
出席番号順に席が決められているので、そこに座る。
新しい担任が扉を開けて入ってくる。
いつもの流れだ。
教壇に立った彼は、自分が担任するクラスの生徒を見回し……僕と目が合った。
その刹那、強烈な熱気がぶつかってきて、僕は思わず目を閉じ、息を詰めた。
もちろん幻の熱気だ。
よくわからないが、この新しい担任教師は僕を見た瞬間、強く心を動かしたらしい。
「えー、はじめまして」
明るい笑みを浮かべ、彼は言った。
「今日から君たちを受け持つことになった、望月といいます。よろしく。担当科目は英語です。楽しいクラスになるよう、みんなと一緒に頑張ってゆきたいと思っています!」
笑んだまま彼は、さわやかにそう言った。
そして今後のスケジュールなどを、板書をしながら丁寧に説明し始めた。
何も問題のない流れ。
新学期の担任教師としての、当たり前の行動。
だが彼と視線が合うたびに、熱気のある圧力……のようなものが僕へ迫ってきて、ひどく息苦しくなった。
小さくため息をつく。
顔を伏せてメモを取るふりをしながら、ああもう面倒なことになったな、と僕は思った。