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(先輩?死んだ男は彼女の『先輩』なのか?)


 煽情的とすらいえる衣装・なまめかしさを感じさせる踊りと、『先輩』という学生じみた呼びかけ。

 そのギャップに、僕は一瞬、混乱した。


 彼女は大きく目を見開き、しばらくその場に立ち尽くしていたが、はっとしたような顔になった。

 その表情の幼さと、『先輩』という呼びかけは似つかわしい。

 華やかに彩られたまぶたや唇のせいで大人の女性だと思い込んでいたが、彼女はまだ少女と呼べる年頃だと、僕は唐突に気付く。


 はっとした後、彼女は不意にスカートの裾を持ち上げ、観客席へ向かって駆け下り……ようとした途端、壁にぶつかったかのように身体をのけ反らせ、よろめいて倒れた。


(え?)


 彼女は驚いたように辺りを見回し、立ち上がってもう一度進もうとした。が、壁か何かにぶつかったような感じで、彼女は再びよろめく。


 僕たちは茫然と、互いの目を見る。

 舞台と観客席の間に透明の厚い壁がある事を、ほぼ同時に気付く。

 まるで水族館の水槽のような、ぶ厚いアクリル板を思わせる壁。


「彼女を救え!早く!」


 耳元で鋭い声がした。

 いつの間にかすぐ隣に、革のズボンに靴、裸の上半身にマント姿の浅黒い肌の少年がいて、怒ったような顔でこちらを見ていた。


「ぼくが協力する!早く!」


「……我は月夜見命の末裔すえにして、当代の月の鏡」


 半ば無意識で僕は『月の鏡』としての祝詞を唱えていた。


まことの言の葉を語り、言の葉を真にする者であれかしと名付けられし者なり。我が真名において命じる、()()()()()()()()()()()!」


 僕の夢であり、彼女の夢でもある()()



「ヒトの心は夢という形で、うっすらつながる時がある」


 『月の鏡』としての心得を教えてくれた、父の言葉を思い出す。

 彼の死の一年ほど前。

 ちょうど、付き合っていた彼女に去られた頃でもあった。

 アトリエで仕事が出来ず、寝込む日が少しずつ増え始めた頃だ。

 その時も寝室で横になり、雑談にまぎらせて色々と教えてくれた。


 死期を覚っていたのではないかと、後で僕は思った。


「心は自分だけのものであり、その最奥は自分と自分の神だけの場所だ。だがどうやら、夢……つまり心が、うっすらと重なり合う瞬間があるようなんだ。数学で習うベン図の重なり合う部分に似ているのかもしれないね。彼の夢であり我の夢、我の夢であり彼の夢。夢の共鳴と呼んでいる現象だ。その重なり合う夢を上手くすくい、司ることで互いの心の状態をより良く導く。それの出来る者が『月の鏡』であり、夢のツカサだ。互いに夢が共鳴し合う者は、広い意味で互いを必要としている筈……そう伝えられているし、経験からもそう思う」


「でもそんな夢、僕は見たことないよ」


 どうしても苦々しくなる口調でそう言うと、父は複雑に笑んだ。


「我々の血筋の者は、必要に押されると他人の夢を覗き込む場合もあるけれど。でも安定的にそれが出来るのは、『神鏡』と呼ばれるほどの突出した能力者だけなのだそうだ。多くの夢は突然やって来て、我々はただ翻弄される。……幼い頃、他人の妄想に翻弄されて苦しむみたいな感じだね」



 さようならと言った彼女の心の奥が知りたくて、僕はその頃、ひそかに何度か夢路をたどった。

 だけど僕の能力が半端すぎるのか彼女の心が僕を激しく拒んでいるのか、たどり着くことは出来なかった。

 ひょっとするともうすでに、彼女の中に僕の存在はないのかもしれないと思い付き、虚しさに心が折れた。


 『恋』も『特別』も理解出来ないくせに『虚しさ』だけは感じる自分に、心の底から嫌気が差していた。


 父はふと表情を柔らげ、続けた。


「どんな夢も経験も、いつかはお前の糧になる。……煩わしいことも多いけど、人生は悪くないものだよ、真言」



 強烈な耳鳴り。

 僕も彼女も思わず顔をしかめる。


「マコト!」


 よろめきかけた僕を、少年が支えてくれる。


「マコト、君は月のはざかいの主だろ、しっかりしろ!」


 叱りつけると少年は、観客席の後ろへ向かって叫んだ。


「こっちだ、来てくれ!」


 刹那、ふっ…と、湿り気のあるかぐわしい風が僕の鼻先をかすめた。


「ぼくらも協力する。あの壁を壊すんだ、マコト!」


 ハッと気付くと、少年は美しい白い竜に乗っていた。


「で、でも。どうやって」


 うろたえる僕。幼い勇者は黒曜石の瞳を怒らせ、僕を睨みつける。


「君はいつまでそうやって、自分が傷付くことだけを怖がってるの?彼女はああやって、必死に壁を壊そうとしているのに!」


 舞台へ目をやると、彼女が全身の力を振り絞るようにして、壁を叩いたりぶつかったりしているのが見えた。


「行こう!欲しいものを手に入れたいなら、傷付くことを恐れるな!」


 その言葉に、すっと僕の心は定まった。

 途端に両のてのひらが、燃えるように熱くなった。

 その燃えるようなてのひらから、一振りの青銅の剣が現れた。


「我は神崎真言。言の葉を真にする者なり」


 剣の柄を握りしめ、つぶやく。


「我が真名をもって命じる。壁よ、壊れろ!」


 叫び、同時に駆けだす。

 僕に寄り添うように、竜に乗った少年勇者も動く。


()()()()()()()()!」


 頭で考えるよりも早く、言霊を込めた叫びを上げて僕は、厚い厚い壁へ青銅の剣を突き立てた。

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