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 夢を見ている。



 エキゾチックな踊り子が死んだ男を悼みつつ、一縷の望みを託して彼の魂を暗黒から呼び戻す舞を舞っている、例の切なくも美しい夢だ。


 ここ最近、どういう訳か頻繁にこの夢を見るなと思いながら、僕は無意識で胸ポケットを探り、煙草を取り出して火をつけ、煙を肺まで吸い込んでからハッとする。


 いつもと違い、高校生ではなかった。


 普段よく着ている綿シャツにチノパンを身に着けていて、胸ポケットには煙草とライターが入っていたのだ。

 劇場の観客席は火気厳禁、煙草を吸うなんて常識外れだとひやりとしたと同時に、いやここは夢の中だと思い直す。

 夢の中で常識なんかに意味はない。

 再び煙を肺に入れ、ゆっくり吐き出しながら僕は、椅子の背もたれに身を預けた。


 僕しかいない観客席で、ぼんやりと紫煙をくゆらす。

 昔の特急列車の座席のように、座っている椅子のひじ掛けに灰皿が内蔵されている。

 何故かそれを知っていて、僕はひじ掛けから静かに灰皿を引き出し、二本三本と立て続けに煙草を吸った。



 舞い続ける彼女。

 彼女の動きに合わせ、華やかな刺繍もゆれる。

 青・赤・黄がゆうらりと、どこかなまめかしく舞台でうねる。


 青・赤・黄。


 三原色かとふと思い、苦く笑う。

 皮肉だ。

 色を失くした僕が夢の中で、三原色を身にまとった踊り子を気にかけている。

 決して手が届かない、生きた色彩いろ

 その象徴が彼女なのだろう。


(……だから、この恋は叶うことがない)


 心でつぶやき、ぎょっとする。

 恋?恋だって?何だそれは。

 人の感情こころがわからない奴だと言われ続けた、この僕が、恋?


(馬鹿馬鹿しい!)


 フィルターをきつく噛み、胸の中で吐き捨てる。



 学生の頃、同級生の女の子と付き合った経験がある。

 いい子だったし、好きだった。

 だけどその『好き』が友情とどこが違うのかと言われると、僕は未だに明確にわからない。

 彼女と抱き合うのはくすぐったいような喜びがあったし、彼女以外の人とそういうことをするつもりになれなかった。


 だから彼女は、僕の『特別』だった。


 でも、彼女が僕に求めた『特別』と、僕が彼女に持っていた『特別』はすれ違い続け……結局彼女は去った。

 僕は恋人を持ってはいけない男なのだと、その時に思い知った。

 『感じる』ことを切り離し、人間らしい心の営みを捨てた者が、人並みの幸せなど得る資格はない。

 そこをきちんとわきまえなかったせいで、僕は、結果的に彼女を深く傷付けてしまった。

 もうあんなことを繰り返してはならないし、僕自身も繰り返したくない。



 新しい煙草に火をつけ、深く煙を吸った。

 暗がりの中で煙草の先が、かすかな音を立てて赤く輝く。

 舞はそろそろ終わるタイミングだ。

 もうしばらくすると踊り子は僕に気付き、大きく目を見開いて何か言う。

 多分だが、名を呼んでいるのだろう。

 僕が、彼女の待ち人に見えるのかもしれない。


 そしてそこで夢は途切れる。

 目覚めると瞬くうちにすべてが曖昧になる、儚い夢。

 すさまじい喪失感だけが、突き立てられたナイフのように胸に残る夢。

 ……いつも。いつもいつも。


(嫌だ)


 初めて明確に思った。


(嫌だ、もう嫌だ!)


 決して戻らぬ男を待ち続けている彼女を、ただぼんやりと見ている自分。

 言え。今日こそ言え。

 もう待つな、と。君は次に進むべきだ、と。


 余計なお世話なのはわかっている。

 憎まれてもいい。

 でも、ここに僕がいることに意味があるのなら、きっと、彼女の不毛な努力を止める為にいるのだろう。


 そう、この夢はただの夢ではない。


 ()()()()()()()()()()()


 過去か未来かわからないが、僕自身もしくは月の氏族に深く関わる誰かの。


 『他人の心に関わる限り、自分の命を張ると思え』


 父の言葉が脳裏をよぎる。

 たじろぐ部分が皆無とは言えないが、このまま傍観しているつもりはない。

 もう一度深く煙を吸い込み、灰皿の中へ煙草をねじ込む。

 背筋を伸ばし、僕は改めて彼女を見つめる。



 いつもと同じように彼女はふと、観客席の一角……つまり僕に気付く。

 驚愕の表情。

 思わず僕は立ち上がる。


 彼女の彩られた紅い唇が動く。


 『先輩!』……と。

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