婚約者は養豚農家
いわゆるからっ風。真菜の身体に冷たくそして容赦なく吹きつける。空はシンボルの白義山を覆い隠す曇り空。
ここは北関東のとある田舎。とはいっても、平成の大合併のお陰で、ここは立派な県庁所在地に昇格した(合併された)町だ。
真菜の前に大きな古民家が立ちはだかる。
「今日からここが我が家かぁ」
昨日、寺山典久と入籍届けを出したばかりの真菜が、彼の実家に着いたのは冬の厳しさが残る2月下旬。時刻は14時、少し哀愁を感じる昼下り。
彼女の楽観的性格が功を奏し、不安よりも期待と喜びがまさっているようにもみえる。と、典久は彼女の横顔をみて思い少し安堵した。
彼女は寺山真菜、旧姓古橋真菜。
埼玉県草加の生まれで26歳。東京の資材関係企業のOLだった。
寺山典久との出逢いは、いわゆる合コン。真菜の親友伊東春香の付き添いがキッカケ。
典久の第一印象はごく普通の青年で、細身のガッチリした体型で身長170cm。真菜が少し見上げると顎髭を少し蓄えているのが分かる。目は二重まぶたのパッチリ。明るい性格で、ダバコは吸わない。
年齢は真菜と同じということもあり、ふたりはすぐに打ち解けた。
実家は北関東の県庁所在地にあり、自営業で、跡取り息子。
車はアウディの黒のセダンで、身に付けているものもブランドばかり。
しかし、彼はとても謙虚で真菜は人としても尊敬し、交際には時間はかからなかった。
週1度会えるか会えないか…。
自営業は忙しいとしか思っていなかった。
交際してから暫くしたある日、彼から実は農家であることを告げられた。
「何の野菜をつくってるの?」
「あ…野菜じゃないんだ」
「じゃあお米?果物?判った!リンゴでしょ!」
「実は豚なんだ…」
「ブタ?ブタクサ?」
「違う!養豚場を経営してるんだ」
「へー。ミニブタとか?流行ってるよね!」
「そうじゃない!豚肉を作るんだよ」
一瞬、豚肉って何から出来ているか分からなくなった。が、しかし真菜は理解した。
と、同時にプロポーズを受けたが、典久の職業よりも人間性に惹かれていた真菜は、迷わずOKした。
でも、豚すら生で見たことがなく、残飯を食べさせて外で飼ってるのかな?まあ、なんとかなるでしょ!など、彼女の中で勝手に解釈した。
こんな楽観的な彼女の新しい世界がここから始まる。