第四十九話 軍師の一手
義勇軍は地形有利とダプリン戦術により善戦を続けている。負傷する兵も少なからず出るが後方に引き下がりバロウ隊が回復することで、なんとか戦死者を出すこともなく戦えている。
あの時、少ない時間の中でこのダプリン戦術を選択したカイルの戦術眼には目を見張るものがある。
あのまま野戦を行なっていればすぐに包囲殲滅を受け全滅していたのは言うまでもない。まず山脈の入り口に陣取ることで後方の憂いを無くし、そこから丘を築くことで地形有利を作り出した。
更に高台を作り、遠距離隊の防御不足を補うと共に壁役の戦闘範囲も限定させている。軍規模での攻撃力の面でこの陣は無駄がなく、義勇軍側は最大火力で戦えている。
一方の魔王軍側は10万もの魔獣の大軍であるが、この陣により実際に戦っているのは先頭部隊だけにされてしまっている。あとの大多数はただただ後ろに広がっているだけの状況になってしまっていた。この部分だけを見れば義勇軍にかなり有利な状況になっているように見える。
(やはり厳しいな……)
そんな善戦している戦況にも関わらず、ルーカスはただ一人厳しい顔で思案していた。
戦い始めてから大雑把に半刻はたっている。かなり効率良く戦えており、魔王軍側にそれなりの被害を与えているはずだが、やはりそれ以上に魔獣の数が圧倒的だ。眼前に広がる光景はまだまだ魔獣で辺り一面埋め尽くされている。
最適な戦術を選んでいるものの、やはりこの兵力差を埋めるにはこの戦術だけではまだ足りていない。
(戦いが長引けば疲労が蓄積していつか綻びが出る。防衛ラインが抜かれてからでは遅い)
「何か策を考えなければ……」
自分に出来ることは何かないかと必死に思考を巡らせていく。
(ん……?)
その時、ふと横方向からの風を感じた。後ろを振り返ると山の木々が風でざわめいている。
何のことはないただの風であるが、それによりルーカスが何かを閃く。
「ランドル!カイル隊を数人引き連れてきてくれ!」
ルーカスが配下兵であるランドルを呼んだ。
ハープ隊と一緒に高台にいたランドルが配下兵10人を引き連れてすぐにやってくる。
「軍師様。お呼びですかい」
「あぁ、山から枝や小さめの木々をできるだけ集めてきて欲しい」
ルーカスの指示を受けてランドル達がすぐに取り掛かる。しばらくしてランドル達が帰ってくる。
手には何も持っていないがどうやら手当たり次第にアイテムボックスに入れてきたらしい。
「ユシア隊の持ち場にいくぞ!」
ランドル達を引き連れてルーカスはユシア隊のいる高台に向かった。
────────────────
「突然すまないな。ちょっと先頭に行かせて欲しい」
ルーカスが断りをいれユシア隊の中を進んでいき高台の先頭にいるユシアの隣にやってきた。
「えっ?ちょっと!何なの?」
いきなり配下兵を引き連れてルーカスがやってきたためユシアが何事かと焦る。
「ランドル、ここに出してくれ」
ルーカスの指示通りに地面に次々に葉っぱのついた枝や小さな木を出していく。
それに今度はルーカスがポーチからなにかを垂らしはじめた。
「うわ、油じゃない。何でそんなのポーチにいれてんの。私の持ち場が油臭くなるじゃないのよ〜」
ユシアが指で鼻を塞ぎながら垂らしているものが油だと気づいた。
「あぁ、何かに使えるかもと思ってな。ポーチに色々いれているんだよ。──さぁ、準備は完了だ」
ユシアの質問に答えつつ、ルーカスは油を垂らした木々を持ち上げ空中に放り投げる。
「クリエイトウィンド!」
手を振り、魔法を唱えると手から風が発生し、枝に付いている葉っぱをなびかせた。
そして、放り投げた枝はそのまま足元にボトッと落ちる。
「……………」
それを見ていた全員が枝を見ながら沈黙した。
「あ、あのさ。もしかして、敵軍に向かって飛ばしたかったの?」
ユシアが背中越しに恐る恐る聞くと、ルーカスの耳が赤くなっている。クリエイトウィンドで飛ばす予定が思いの外そよ風だったのだ。
「ゴホンッ!ユシア……頼めるか」
ルーカスが小さな声でお願いすると、クスッと笑いながらユシアが前に出る。
「こう言うのは初めから私に任せなさいよね!──トルネード!」
ユシアの魔法で油のついた木々を飛ばしていき、魔王軍の頭上にばら撒いていく。その精密なコントロールはユシアの才能のなせる技だ。
「それで、次はこうでしょ?──ファイヤーボール!」
木々をばら撒いた辺りに火球を発射する。すると魔獣が燃え上がり、投げた木々に火が移っていき炎が伝播する。
「ほら、まだ木は拾ってきてるんでしょ?どんどん出して。──ユシア隊!あそこに向かってファイヤーボールをどんどん出すのよ!」
ユシアに促され、ランドル達がどんどんとポーチから出していく。それにルーカスが油を垂らし、ユシアがトルネードで飛ばしていく。
炎はどんどんと広がっていき、一つのエリアが炎に包まれた。ルーカスが思いつき実行したのは火計だ。
「これで少しは勢いが落ちるはずだ。ランドル。ユシア隊と連携をとり、定期的に火の手を起こしてくれ。──ユシア、助かった。ありがとう」
高台から燃え上がる戦場を見つめ、ルーカスがランドルに指示を出し、ユシアにお礼を言う。
「別になんてことはないわ。──ルーカス、私は生きてレオパルド様のところに帰る必要があるの!頼りにしてるわよ」
引き下がろうとしたルーカスに向けて、ユシアが声をかける。
「あぁ、わかっている」
それにルーカスは決意を込めた視線で返した。
(必ずこの窮地を打開して見せる)
ルーカスの思考は再び、次の一手に向けてフル回転を始めた。
────────────────
〜半刻後〜
戦況は火計により少し魔王軍側の勢いが落ちたこともあり、今のところ変わりなく義勇軍は善戦を続けていた。そんな中、カイル隊の一人が山脈側から走ってルーカスの元にやってきた。
「はぁ……はぁ……はぁ…軍師様。隊長から伝言です」
男は膝に手を突き、肩で息をしている。全速で走ってきたらしい。
「カイルの状況はどうだ?」
「現在…山城が約4割出来上がったと。構想に時間がかかったけど、あとは一気に作るだけと言ってました。あとはなんとかもうしばらく時間を稼いで欲しいって。」
ルーカスはこの報告を聞き驚いた。
「城をたった一刻で4割作っただと?それはどんな城だ!カイルは一体何を作っている」
ルーカスにとってそれは驚愕の速さだった。その報告が本当ならばあと1刻ぐらい粘ればなんとかなるのかもしれない。1刻というのは士気次第で十分狙える時間だ。
「んー、あっしにはよくわからんのですが。なんか建物を作るというよりは四角上の大きな部屋があったり、溝を作ったり、道をくねくねさせたりしてて。いったい何を作ってるのか全くわからんのです」
配下兵が話す内容を聞くうちにルーカスの表情が変わる。
「──そういう事か!なるほど、山城とはよく言ったものだな。──カイルは恐らく山そのものを要塞化しようとしているんだ」
それは完全にルーカスの思考を上回るカイルの奇策だ。
(全く。──あの小さな体の中にどれほどの知識を詰め込んでいるんだ)
そう思うと思わず笑みが溢れる。
「あっ、隊長からこれを。念写スキルで書いたものらしいです」
配下兵から紙を受け取ると、そこには山城の全容が描かれていた。いわば山城の設計図だ。
「でかしたぞ!これがあればなんとかなるかもしれない。良い働きをしてくれた。まずは休憩してくれ」
ルーカスがお礼を言うと配下兵は嬉しそうな顔をして、休憩を取り出した。
おもむろにポーチから棒を取り出すとルーカスは地面に向かって垂直に立てた。それは日時計だった。太陽の光からできる影の向きでおおよその時間を測るやり方だ。
「みんな、1刻だ!あと1刻ほど頑張ってくれ。そうすれば防衛拠点が出来上がる!」
ルーカスは全体に向けて叫んだ。狙いは明確なゴールを仲間に提示し、士気の維持を図ることだ。
そして、すぐにカイルからもらった設計図を読み解く作業に移っていく。
(なるほど。ここは殲滅用の罠だな。ここは溝で仕切って高低差を利用している。くねくねさせているのは進軍速度を遅らせるためか。この道を進ませて行き止まりになっているところを側面から狙う訳か……)
ぶつぶつ言いながら、ルーカスは設計図に没頭していた。
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